第27話
王都の中央に建てられた王城の奥、謁見の間に複数の貴族と国王が集っていた。
「被害状況はどうだ?」
ややかすれた声を発して、国王が近くの男性に訊ねる。
「敵の規模を考えると被害はそこまで大きくありません。ただ、家屋の倒壊が目立ちますね。復興には今しばらく時間がかかるかと」
答えたのは銀髪の男性。年齢は四十ほど。鋭い目つきでやれやれとため息を吐く。
「そうか。なるべく復興を急げ、フリーデン侯爵。今は英雄殿のおかげで民も納得しているが、生活もままならぬとなれば不穏な種を生むことになる」
「畏まりました」
ぺこりとフリーデン侯爵——アイシスの父親が頭を下げる。
国王の視線は横から正面へと移った。
「今回は貴殿の息女もずいぶん活躍したらしいな、ネリウス伯爵」
声をかけられたのは金髪の男性ネリウス伯爵だった。
伯爵は苦笑しながらも答える。
「恐縮です。まだまだ子供だとばかり思っていましたが……子供の成長とは早いですね」
「まったくだ」
国王陛下もネリウス伯爵の言葉に同意する。
「だが、悪魔たちの軍勢を退けた英雄……そなたの子息は、早いなどという言葉では片づけられぬな、クライハルト侯爵」
「まだまだですよ、陛下」
にやりと笑ってそう答えたのは、ネリウス伯爵の隣に並んだ黒髪の男性——クライハルト侯爵。シオンの父だ。
内心で「そうだろうそうだろう。我が家の人間は凄いんだ」とふんぞり返っているが、当然、表情には出さない。
国王や他の貴族たちも、クライハルト侯爵の性格を知っているため取り繕っていることは理解している。だが、それを差し引いてもシオンの成したことはあまりにも異常すぎた。
王都に襲撃を仕掛けてきた悪魔たちのリーダーを討伐したのだ。女性騎士セレスティアやカトラの話を聞いて、悪魔の女王リリンがどれだけ強かったかほぼ全ての貴族が知っている。知っているからこそ、一部の貴族はシオンの才能を恐れた。本当に人間なのか? と。
その恐れすらクライハルト侯爵は気持ちのいい称賛に聞こえている。もはやヴィクトーなど眼中にない。
「クライハルト侯爵は手厳しいな。私も悪魔との戦闘がどれほど苛烈だったか聞いたぞ?」
「いずれはクライハルト侯爵家を継ぐのです、それくらい片手間でこなせるようにならなくては」
「ハハハ、さすがは武功を挙げてきたクライハルト侯爵家。言うことが違う」
国王はからからと笑っていたが、他の貴族たちは目の色を変える。
たった今、侯爵が口にした言葉は、長男のヴィクトーではなく次男のシオンを次期当主に決めたということ。
これまでヴィクトーと関わってきた貴族たちは、蔑ろにしてきたシオンにも目を向けなくてはいけない。クライハルト侯爵家と長く付き合っていくために。
「そういえばネリウス伯爵。伯爵の息女とクライハルト侯爵の子息は仲がいいと聞くな」
「はい。よく一緒にダンジョンに潜っていると聞きます」
「ふむふむ。ひょっとするとクライハルト侯爵子息は、ネリウス伯爵令嬢を鍛えているのかもしれないな」
「ありがたい話です。娘は妻のような強いハンターに憧れていました。正直、ハンターよりも普通の女の子として生きてほしいですが……今さら私の言葉には耳を傾けてくれません」
「気持ちはよく分かる。王女の中にも似たような子がいてな……だが、我が国の利益にはなる。今は一人でも強いハンターが必要なのだ」
国王がどこか遠い目をする。その場の全員が、「陛下も苦労しているんだなぁ」と思った。
「分かっています。それに、娘にはクライハルト侯爵子息がついていますから。子息ほどの強者ならば安心できます」
「ふふんっ。シオンにはよく言っておこう。貴殿の息女を守るようにな」
にやりと笑い、クライハルト侯爵が言った。言外に「これは貸しだぞ?」と付いている。
「貴族同士が手を取り合い、次の世代を育てる。素晴らしいことだ」
「でしたら、我が子アイシスもその輪に入れてくださると嬉しいですね」
にこりと人当たりのいい笑みを作ったフリーデン侯爵。ジッとクライハルト侯爵を見つめる。
二人はそこまで仲がいいとは言えない。もちろん仲が悪いわけでもないが、これまで特に関わってこなかった。
このタイミングでフリーデン侯爵が手を伸ばしたのは、伸ばしたくなるほどシオンの才能が魅力的に見えたから。シオンならば、娘と婚約させてもいい。そう思えるほど。
「おお、フリーデン侯爵令嬢とクライハルト侯爵子息が仲良くするのはいいことだ」
双方共にこれまで長く王を支えてきた忠臣。家来同士が絆を深める分には悪いことじゃないと、国王もフリーデン侯爵の背中を押した。
「陛下がそう仰るなら私に拒否する権利も意思もありません」
「ありがとうございます、陛下、クライハルト侯爵(アイシスよ、父はちゃんとお前の願いを叶えたぞ! あとで褒めてくれ!)」
つい最近、フリーデン侯爵は娘のアイシスから婚約したい相手がいると言われていた。まさかその相手がクライハルト侯爵家の人間だとは思いもしなかったが、家柄は申し分ない。そこに救国の英雄という肩書まで加わると、父として、侯爵としては断る理由は何もなかった。
ゆえに、頼まれていた通り、フリーデン侯爵はどうにかクライハルト侯爵家——シオンとの関係を繋ぐことに成功する。
内心でフリーデン侯爵はガッツポーズを取った。彼は娘のアイシスを目に入れても痛くないほど可愛がっている……。
「それはそうと、陛下」
「ん?」
急に、思い出したようにフリーデン侯爵が話題を変える。
「ここ最近、隣国での犯罪が多発しています」
「悪魔による影響か?」
「いえ、どうやら違うようですね。悪魔は隣国とは逆方向へ逃げましたから」
「となると……例の犯罪組織か」
「はい。噂通り王国の近くまで迫っています」
「厄介な連中だ」
国王は深いため息を吐く。フリーデン侯爵もこの件に関しては国王とまったく同じ憂鬱な気分だった。
彼らが話しているのは、王国の外で暴れ回っている有名な犯罪組織のこと。腕の立つ者が多く所属しており、周辺国家で目を疑うほどの被害を出している。
その犯罪組織が、今、隣国で活動しているらしい。次は我が国かもしれないと二人は警戒していた。
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【あとがき】
フリーデン侯爵は子煩悩!
次回、新たなSS級スキルが判明⁉
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