神様、こんなチートはいりません。~異世界転生したら結婚観が合わなかったので、頑張って幸せを掴むことにしました~

黒柴 あんこ

第1話 転生したようです

「お前のせいだ!」

 ドンッと勢いよく突き飛ばされ、慌てて足を踏ん張ったつもりだったが、何故か地面がぐにゃりと揺れて私は運悪く後ろにあった階段から一気に転げ落ちた。

 体が熱く燃えるような痛みにそのまま意識が遠のく。


 私のせいって何?私が悪いの??借金の連帯保証人に私の許可なく勝手にサインをして、逃げようとした彼氏に詰め寄ったのは、果たして悪いことなのだろうか??

 このまま私が死ねば連帯保証人がいなくなるし、先ほど落下する時に目撃した人も多数いた…このまま逃げきるのは不可能だろう。ざまぁ…と呪いの言葉を吐きたいが、きっとざまぁないのは私の方だろう。


「美咲はさぁ、ほんと男を見る目がないよね。クズ男ホイホイ。美咲が惚れた男みんな、本当に見事にクズばっかり。いい加減気をつけないと、本当にヤバいからね。お祓いにいこう、きっと変な疫病神か何かがついているんだよ」

 今の彼氏を見た友人が速攻別れた方がいいと言っていたことを思いだしたが、後の祭りとはこのことだろう。心配してくれた友人がこのことを知ったらさぞ嘆くだろうと、少し心が痛んだ。

 

 私は男運がない、その一言につきる。思えば初めて付き合った彼も最悪だった。一つ上の先輩だったが、告白してくれて感激して、そのまま付き合ったが実はその先輩には本命の彼女がいた。他校だったため、当初は気づかなかったが本命の彼女がデート現場に現れ修羅場と化した。結局、私に付きまとわれたと先輩が言い張り、私が悪者になってそのまま自然消滅した。

 そこから私は恋愛においてクズ男ホイホイと化した。寄って来る男、いいなと思って付き合った彼氏全てに何かしらの問題が発生する。二股三股、借金男、DV男にモラハラ男。結局最後は彼氏だと信じていた男の借金を連帯保証人として返す羽目になりかけた。挙句、お前のせいだと突き飛ばされ階段落ち……


 神様、こんなのあんまりです。次生まれ変わったら、こんな男運は嫌です。哀れだと思うなら、私に幸せになれる何かを下さい。数々の男運の悪さを走馬灯のように思い出し、死ぬ間際に私は強くそう願った。

 遠くで神様が頷いた様な気がした……



「お嬢様!!目が覚めましたか、大丈夫ですか?」

 侍女のベスの声で目が覚めた。ベス?そう、侍女の…

「……」

「今すぐ旦那様とお医者様を呼びますから、お待ちくださいね」

 ベスは慌ててドアを開けて出ていった。

「私は…?ここは…」

 可愛いぬいぐるみに囲まれた、ピンクを基調とした子供部屋。見慣れた光景に見覚えのある小さな手…そう、すごく小さな手、まるで子供の……

「そう、子供の手よね?それで、私は…」

 じっと手を見つめていると、バンっと勢いよく部屋に入ってきた人物がいた。

「クリスティーヌ、目が覚めたのね。良かったわ、階段から落ちたと聞いて、目を覚まさなくて本当に心配したのよ。もうすぐお医者様が来るからしっかり診てもらってね」

「お母様…」

 そう、この人は私のお母様、私はクリスティーヌ。でも、美咲だった。そう、借金男に突き落とされて、それで私は…

「やっぱり死んだ、の?」

「え、何を言っているの、死んでないわ。大丈夫かしら?」

 お母様が心配そうにこちらを見ている。私は茫然と小さな手を見て固まっていた。そう、まだ5歳の私の手、今まで思い出さなかった前世の記憶を思い出したということだろうか?!

「クリスティーヌ、目が覚めたと聞いた、大丈夫かい?」

 心配そうにのぞき込んでくるのは、私のお父様…だわ。でも、彼の頭上には、懐かしい日本語でキラキラと文字が浮かんでいた。

「愛妻家、優柔不断…」

 思わず声に出して読んでしまった…お父様は怪訝そうに首を傾げた。

「どうしたんだい?愛妻家はそうだが、優柔不断は心外だな…」

「あ、いえ、お父様のことではないです。ごめんなさい、混乱していて…」

 彼の頭上には、今もキラキラと文字が浮かんでいた。でも、周りの人はその文字が見えないようで、いつもと変わらない。それに見えたとしてもこの国の言葉はエゲージ語、日本語を読める人はいないだろう。つまりこれは前世を思い出した私のチート的なものだろうか??

「さあ、ジャン先生に診てもらおうか。2日間寝込んでいたからね。しっかり診てもらって、お父様を安心させておくれ」

 お父様の後ろから、少し白髪の混じった紳士が現れた。彼の頭上には【浮気男】という文字が浮かんでいた。

「お嬢様、では脈を診ますので手を」

 そう言って、ジャン先生が私の手を持った瞬間、私は寒気と吐き気に襲われた。

「うっ、…いやだ、触らないで!!」

 あまりの気持ち悪さに、私は手を払いのけると盛大に吐いた。慌ててお母様が私を抱き寄せる。

「どうしたの、いつも診てくれているジャン先生よ」

「ご、ごめんなさい、男の人に触られるのが、駄目になったみたい…」

 ガタガタと震えながら吐き気と戦う私を見て、両親はこれ以上無理だと判断したのか、そのままジャン先生を帰し、その後に女性の医師が呼ばれた。女性の頭上には文字は見えず、診察は滞りなく終わった。

「階段から落ちたショックで、心身的に不安定になったのかもしれません。心を穏やかに過ごすために、できるだけお嬢様の要望を聞いてあげてください」

 女性医師はそう言い残して帰っていった。どうやら私のチートは男性の頭上にその人の性格や女性関係に対する態度が出るようだ。そして、その文字が浮気や女好きとなった場合クズ男認定され、何かしらの体調変化が出るようで、使用人の何人かで試したが、クズ度が酷いほど私の体調も酷くなった。

 5つ年上の兄、アレンは【一途、思い込みが激しい】とあったが、身内なこともあって拒否反応は出なかった。2つ上の姉ミランダは女性なので問題はない。ただ一点を残して……

 そう、問題なのはこの国の結婚制度だ。200年ほど前に激しい戦争がありこの国の男性は戦後かなり減少した。それを解決するべく、経済力がある貴族男性は妻を2人まで娶ることが出来る制度が制定された。戦争により寡婦が増え、生活が立ち行かなくなった女性を救うためだった。経済力のある貴族男性が妻を2人まで娶れるようにすれば、子供も増え戦争で困窮した女性も救える。

 そういう背景があって、今だにこの国は貴族男性に妻を2人まで娶る権限を与えてしまっている。それはいい、それでこの国は減った人口を戻し、国として成り立っているのだから。だが、このチートは前世の私の感覚を反映させてしまっているのだ。つまり、妻が二人いる男はクズ男…そうなってしまったら、この国の貴族男性のほとんどはクズ男認定だ。つまり、私はその男性に近づくことが出来なかった。

 近づく度に頭痛、眩暈、吐き気に襲われるようになった私は5歳から見事な引き籠り、いや体の弱い深窓の令嬢となったのだ。幸いだったのが、愛妻家の父は母にしか興味がなく妻は一人だった。兄のアレンもそんな中育ったため今のところ将来妻は一人と決めていたため拒否反応は出ていない。


「でもこのまま貴族の私が結婚しないで、一生引き籠りでいられるかが問題よね…」

 窓辺に座って読書をしていた私は、侍女のベスが入れてくれた紅茶に手を伸ばしながらポツリと呟いた。

「それはそうですが、旦那様も大切なお嬢様を無理やり結婚はさせないでしょう」

 お茶菓子をテーブルに乗せながらベスはにっこりと微笑んだ。あれから3年、私は8歳になったが男性嫌いが改善することはなく、ずっと引き籠り生活を満喫していた。

 スコット侯爵家は、国の中でも重要な役目を持ち、愛妻家の父は資産ランキングでも上位にいるらしい。末っ子で病弱だと思い込んでいる父は私のことを溺愛し、何不自由なく引き籠り生活を楽しんでいた。でもこのままでは、日本で言うところの子供部屋おばさんまっしぐらだ。

「ずっとここで暮らすわけにはいかないとは、一応思っているのよ」

「お嬢様は向上心がおありですね。焦らなくても、そのうち男性が苦手でなくなるかもしれませんし、お医者様も気負うことは逆に悪化する原因になるかもしれないとおっしゃっていました」

「ベスは私を甘やかしすぎよ」

 小さい頃から私付きの10歳年上のベスは、男性恐怖症になってからもずっと側で使えてくれていた。彼女も年頃だから、そろそろ開放していい男性と巡り会って欲しいと思っているが、男性を見て恐怖しては具合が悪くなる私をずっと側で支えてくれているのだ。彼女のためにも、やはり少し自立がしたいと思う。


 夕食は家族でとるのがスコット侯爵家の決まりだ。愛する妻と可愛い子供たちに囲まれるのが父の楽しみなのだそうだ。ところが今日の夕食は、父の顔がいつもより暗くなっていた。じっと私を見ては、ため息をつき母は心配そうに父の顔を見ている。

 黙々と無言で食事が進められる中、切り分けた肉を飲み込んで父が私を見て口を開いた。

「実は王家が主催する子供たちを集めたお茶会があるんだ。我が家にも招待状が来ていて、アレン、ミランダが行くのだが、今年はクリスティーヌの名前も書かれていた。8歳になったので例外なく参加となるんだが、クリスティーヌはどうしたい?」

「行きます!!」

「そうか、やはり行かな…??えっ行くのかい?」

 自立しようと思っていた私は、その話に飛びついたが、父は欠席させてもいいと思ってくれていたようだ。甘々な父に感謝しつつ私は微笑みながら頷いた。

「このままずっと部屋でお父様に守ってもらっていたら、私はきっと駄目な子になってしまいます。一度外の世界を見て、頑張りたいです」

 家族全員が涙ぐんで微笑んだ。5歳で階段から落ちて、男性を見ては寝込む私を家族はずっと心配しながら守ってくれていた。温かい家族に恵まれて幸せだと私は思った。

「クリスティーヌが頑張るんだったら応援するよ。当日は僕も側にいるから、辛くなったら早めに言うんだよ」

「私もいるわ。きっと守ってみせるから、頑張りましょうね」

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