第38話 sideアルバートの思惑(絶望と希望)
契約の指輪を見てクリスが驚いている。彼女を発見した時にはすでに黒魔術は発動していて、意識を失ったクリスの手に、契約の指輪は外されて握られていたのだから……
17歳の王太子祝賀舞踏会で、私はクリスと離れてしまったことを後悔した。ほんの数分のことだった、彼女が飲み物を取りに行く後ろ姿が見えた。すぐに戻るだろうと考え、護衛もつけていたから安心していた。
数分後他の護衛が、クリスが会場を出たと知らせに来た。嫌な予感がして、すぐに魔道具のバングルで彼女の居場所を探った。クリスは人気のない倉庫にいると示された。倉庫?どうしてそんなところに??
護衛を連れて、すぐに倉庫へ向かったがカギがかかっていて開かなかった。倉庫内から嫌な魔力の波動を感じ、焦った私は魔力を扉にぶつけ、さらに足でドアを蹴破り中に入った。
「クリスティーヌ!!」
倉庫の奥にクリスを見つけた。妖しく輝く魔法陣の中心で、彼女は立っていた。そして私を見て、涙で頬を濡らしたまま、クリスはゆっくりと微笑んだ…
「アル…バート…さ、ま…」
そう呟くと、力が抜けたように床に崩れ落ちた。嫌な予感に心臓が掴まれたように苦しくなった。
「待ってくれ、クリス?目を開けてくれ、クリスティーヌ!!」
クルスを抱き起し、声をかけ続けたが、彼女はどんどん冷たくなっていった。ただ、心音が微かに聞こえるので死んではいない。でも、これは只事ではないと、それだけは嫌でも理解した。
王宮中の魔術師や治癒魔法師を集め、クリスの状態を診断させたが、彼らから明確な答えは聞くことが出来なかった。生きてはいる、結局それだけしか分からなかったのだ。
クリスの側を離れない妹のキャサリンが、泣きながら私を責めた。私自身、自責の念で気が狂いそうだった。
「どうしてこんなことに…アル兄様のせいです。クリスが…どうして…ずっと目を覚まさないの…」
それから5日後、明確な答えを持ってきたのは、意外な人物だった。
隣国から火急の使者が面会を求めていると聞いた時、私はすぐに面会を断った。今は隣国の相手をしている気分ではなかった。
「隣国の使者殿は、婚約者様の呪いを知っているとおっしゃっていますが…」
遠慮気味に従者が申し出た。クリスが呪いにかかったことは、国外はもちろん国内にも言っていない。どこから漏れたのかより、知っていると言ったことが気になった。
「わかった、会おう。隣の部屋へ案内してくれ」
案内されて入ってきたのは、マッタン王国の王太子オリバー殿下と、ダントン男爵令嬢ミリアンナ嬢だった。クリスが隣国に留学している時に世話になり、友情を深めたのは知っていた。兄上の隣にいた頃とは別人のような雰囲気の彼女は、今はオリバー殿下の婚約者になっているとクリスが言っていた。
「ご挨拶は割愛させていただきます。クリスが病気で倒れたと新聞で知り、もしやこれは呪いではないかと気になって、ここまで来てしまいました。もし元気になっているのなら、このまま帰らせていただきますわ」
真剣な目をしたミリアンナ嬢を信じて、私は兄上によって黒魔術が発動して、クリスはあれから5日間ずっと眠っていると説明した。
「まさか、バッドエンド、レアなパターンだわ。イバラの呪い…?」
「バッドエンド?イバラの呪い?」
「あの、すぐにクリスに会わせていただけますか?確認したいことがあります」
私は隣の部屋で眠るクリスの元へ二人を連れて行った。
「クリスに触れてもいいですか?」
ミリアンナ嬢が、遠慮気味に聞いてきたので、私は首肯した。彼女はクリスの手首をじっくり観察した。
「ああ、やっぱり、これはイバラの呪い…100年眠る呪いですわ」
「100年?眠るだと……」
「本来はそうですね。ただ、クリスの手首の痣は棘が10個…つまり、10年眠るということだと思います。失礼ですが、術者はギルフォード殿下ですか?亡くなっていますか?」
「いや、兄上は今、放心状態で何を聞いても答えてくれない…」
「そうですか、術者は死んでない、と。では、この術は不完全なものだったと仮定してお話しします。本来この呪いは、時を止めた状態で相手を100年眠らせる呪いでした。その場合手首にイバラの痣が巻き付き、棘は100個出来ます。1年たつごとに棘が1個消え、100年ですべて消え目覚めます。ところが、棘は10個で、ギルフォード殿下も生きている。仮説をたてるなら、魔術発動の時に条件を書き換えた、ということが考えられます。術が破られても成就しても、この場合術者は死ぬはずでした。きっと優しいクリスは術を阻止することが出来なかったのでしょう…だから、術は発動させた。でも、術を発動してしまえば成功の対価でギルフォード殿下は死んでしまう。ここで、彼女はさらに考えたのではないでしょうか?100年を10年にして、ギルフォード殿下の命をなくさないようにと……」
「ミリアンナ…、君、どこでそんな知識を?」
「あら、細かいことは気にしないで下さい、オリバー様。それに、クリスは留学の時に黒魔法理論を履修していますのよ。念のための知識をいかして、きっと発動条件変更をしたのではないでしょうか?」
「だが、そんな神業を?クリスが…」
「そうですね、3つ目の願い…ではなく、聖女、神様の愛し子は、時に奇跡を起こせるのでは?」
「そうか、奇跡か」
「クリスはきっと10年後、目を覚まします。でもその時彼女は15歳のままです。時は止まっていますので」
「15歳、か。それで、これを外したのか……」
「それは?」
「契約の指輪だ。自ら外さなければ契約は続く王族の婚約指輪だ。10年後27歳になる私に、新しい王太子妃をと思ったのか?振られた気分だな」
「クリスは眠る前に自ら外したのですね……」
「ああ、信用がないと、怒った方がいいのか、起きたらじっくり私の愛を思い知ってもらわないとな」
「ひっ……」
ミリアンナ嬢が私の顔を見て小さく震えたが、それは気にせず私はクリスの左手をとった。そして薬指に契約の指輪を再び嵌めた。これで、クリスが目覚めて自ら外さない限り、私たちの婚約は続くことになる。
「愛が重いですわ…」
「光栄な言葉だな」
2日ほど実家であるダントン男爵家に滞在して帰国するというミリアンナ嬢とオリバー殿下を見送って、私は今後の計画を巡らせた。
兄上の行為は許すことは出来ないが、クリスが助けた命を処刑して奪えば目覚めた時クリスが悲しむ。兄上は然るべき施設で病気療養という名目で監視をつけ、一生そこで暮らし外には出られないようにした。
クリスが10年眠るのなら、自分の娘を王太子妃にという貴族も出てくるだろう。そいつらを黙らせなくては、そう思っていたがそれは杞憂に終わった。
貴族が娘を連れて王太子妃にと王宮に来る度に、それまで晴れていた空が突然荒れだすのだ。何度も天候が荒れ、貴族は皆、神の愛し子をないがしろにすることを恐れだした。1年が過ぎる頃には、縁談を持って王宮に来る貴族はいなくなっていた。
もし、クリスが10年を過ぎても目覚めない時は、弟のフィリップを王太子にして、私はクリスと共に離宮で過ごそうと覚悟を決めた。
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