第34話 立太子の儀式当日です

「それではこれより立太子の儀式を執り行います」

 王都の中心に建っている神殿は、建国からある荘厳な石造りの建物だ。ディラン国の王は神から指名され国を治めた。という神話が残っており、歴代の王や王太子はこの神殿で神の許しを得て即位する。つまりそれが立太子の儀式や王の即位式にあたる。

 両陛下と共に私は神殿に来ていた。アルバート様は正装に赤いマントを羽織って神殿の中央に立っている。大神官様が儀式の宣言をすると、アルバート様はその場に跪いた。

 神殿の中央の天井はステンドグラスのガラス張りで、朝の光がガラスを通してアルバート様を眩く照らしている。大神官様がこれから神様にお伺いを立て王太子として承認される。どうやって承認されるのかは、見ていれば分かるそうだ。

 大神官様が最後のセリフを唱え終わり、アルバート様はその間じっと跪いたまま目を閉じていた。ステンドグラスの光がアルバート様を中心に魔法陣の形に変化した。魔法陣は虹色に光輝きやがて消えた。

「神の祝福をもって、立太子の儀式は無事執り行われました」

 恭しく大神官様が宣言すると、遠巻きに見守っていた臣下たちの歓声が広がった。アルバート様はゆっくりと立ち上がり、私たちの方へ歩いて来た。

 17歳になったアルバート様は、騎士団に混じって訓練することもあり逞しく身長も高い。中世的だが精悍な顔立ちで、初めて会った10歳のアルバート様も美少年だったが、今は美しい姿だけでなく皆を魅了する誠実な人柄も備え、今日立派な王太子になった。

 王太子の婚約者は引き籠り姫。すぐに体調を崩すひ弱な少女。ジョセフィーヌ様に比べれば凡庸。…言い出せばキリがないほど、私はこの3日間、王宮で聞こえてくる評価の声を気にしていた。

「クリス?大丈夫かい?」

「はい、あの…」

 本当に私が契約の指輪をもらっていいのですか?聞いたところで、今夜私たちは正式に婚約者になってしまう事実は覆らないだろう。

「…大丈夫です」

「そうか、では夜の舞踏会の準備があるから、王宮に戻ろうか」

 何か言いたそうにしながらも、アルバート様は私をエスコートして馬車が止まっているところまで連れて行ってくれた。神殿の入り口には、国民が王太子になったアルバート様を一目見ようと大勢詰め掛けていた。笑顔で声援にこたえるアルバート様は、国民にも人気がある。自信のない私は少し俯きながら隣に立った。

「聖女様~おめでとうございます」

「クリスお姉ちゃん~」

 アルバート様を祝う声に混じって、私を呼ぶ声がした。驚いてそちらを見ると、孤児院の子供たちが集まっているのが見えた。

「あ、…みんな…」

 私は懐かしい顔に嬉しくなって、笑顔で手を振った。

「よかった。やっと笑ってくれたね」

 嬉しそうにこちらを見るアルバート様と目が合った。そう言えば3日間、私は緊張と周りから聞こえる声を気にして、食欲もなくなり笑うこともなかった…

「すみません。心配させてしまって…」

「いや、真面目なクリスが周りの声を気にすることに、気づけなかった私の落ち度だよ。でもね、ここにいる者は皆、クリスを慕っている者が多いことも、ちゃんと分かって欲しいんだ。君が聖女として奉仕していることを、多くの国民が知っているし、そんな優しいクリスが王太子の婚約者になることを祝福する声は多いんだ。王宮にいるほんの一部の狸ジジイの声なんか、無視しておけばいい。君は私が愛する唯一の女性なんだから」

「アルバート様、ありがとうございます。私、頑張りますね」

「真面目な君も愛しいけど、あまり頑張り過ぎないで…心配だから」

「はい、大好きです、アルバート様」

 小さな声で、囁くようにそう伝えると、アルバート様が照れくさそうに微笑んだ。仲睦まじい王太子とその婚約者として、国民から微笑ましそうに見守られているのはとても恥ずかしかった。


 王宮に帰るとベスや王宮付きの侍女に手伝ってもらい、夜の舞踏会に向けて準備をする。先ほどのこともあり、私は前向きに王太子の婚約者を捉えることが出来るようになっていた。目標は皆に認められる王太子妃だが、それは今からの私の行動次第だと思う。

「お嬢様、朝より顔色が良くなって良かったです」

 どうやら元気がないことはベスにもばれていたようで、心配を掛けてしまったようだ。

「ありがとう、ベス。さあ、気合を入れて綺麗にして頂戴ね」

「はい、王子殿下、いえ、王太子殿下が惚れ直すようにいたしましょうね」

 豪華なドレスも勝負服だと思えば、遠慮せず着られる気がした。引き籠り姫、ひ弱、凡庸…今は正直その通りだと思う。それでも今はそれだけではないと思えるから、いつかそう言っていた人たちを見返してやりたい。そのためにも、まずは第一印象、見た目で勝負だ。


 ベス達に綺麗に磨かれ、美しいドレスを着た私は無敵だと思った。白地に金色の刺繍が広がる落ち着いたシルエットのドレスは、いつもの可愛らしい雰囲気のドレスではなく、少し大人っぽい美しいドレスだった。首には大粒のダイアが連なった豪華なペンダント。髪型はサイドを編み込んでハーフアップにして、編み込んだ部分には真珠と真っ白な小ぶりの薔薇を散りばめた。レースの手袋をすれば、王太子の婚約者の出来上がりだ。

「お嬢様は、色白ですし普段は化粧しなくてもいいのですが、今日は夜会ですので、薄っすらと化粧も致しましょうね。これで最高の淑女ですわ」

 鏡を見ると、いつもより大人な雰囲気の美少女がそこに立っていた。

「ありがとう、すごく素敵だわ」

 今夜、正式に婚約者としてお披露目され、そして契約の指輪を交換する。そして私はアルバート様の唯一の女性になれるのだ。

 チートのせいで、この国の男性が苦手になって引き籠っていた私が、大好きな人からプロポーズされ、そして将来結婚できる。本当に夢のような展開だった。クズ男に翻弄される人生は、二度とこない…そう、信じていたのに、まだ神様の試練は続くようだ。


 部屋から出て、王宮の舞踏会が開かれる広間に向かっていると、外套で顔が隠れた男性とすれ違った。別に男性とすれ違うことはよくあることで、最近は慣れもありそこまで気持ち悪くなることもなかった。それなのに、その男性とすれ違った瞬間、ぞわぞわとした悪寒と共に、吐き気がした。

「え??」

 すれ違った男性の頭上には【女好き、浮気男、モラハラ、パワハラ、自尊心が強い】の文字が輝いていた。その文字の配列を見た私は、震える声でベスに聞いた。

「ねえ、ギルフォード殿下は…今どこにいるのかしら?」

「え、第一王子殿下ですか?確か、卒業記念舞踏会以降は謹慎されて、王都から離れた離宮におられるそうですが……」

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