第35話 不穏な動き

「そう、じゃあここにはいないのよね…」

「はい、そう聞いています。どうされましたか?」

「ちょっと気になったの…遅れると困るから、行きましょうか」

 先ほどすれ違った男性は、おそらくギルフォード殿下だと思う。アルバート様にも確認して、もし離宮にいると言われたら、アルバート様にギルフォード殿下の存在を伝えないといけないだろう。ただ、頭上に文字が見えたとは言えないため、説明の仕方が難しかった。


 舞踏会の会場の隣にある控室に入ると、すでにアルバート様が待っていた。

「クリス、すごく綺麗だ。誰にも見せたくないな…」

 アルバート様は私の姿を見ると、スッと近くまで寄ってきてどこかに隠さないと、と言ったので慌てて少し距離を取った。それ、冗談に聞こえません…

「ごめん、大丈夫だよ。今は君を私のものだとお披露目しないと、間違って手を出す者がいたら大変だからね」

 何が大変なのかは敢えて聞かなかった。プロポーズされてから、アルバート様は自分の気持ちは素直に口にするようになった。嬉しい反面、所々に怖いワードが混じっていて焦る。長い付き合いから、アルバート様が冗談を言う人ではないと知っている。つまり本気で処理しかねない、それは大変なことになる…

「あの、アルバート様、今ギルフォード殿下はどこにいますか?」

「兄上?今も離宮で謹慎しているよ。私が王太子になったので、王位継承権を剥奪され辺境の地で公爵になる予定だ。ただ今はまだ反省されていないようで、まずは改心していただかないと話が進まない」

「あの、もし今ギルフォード殿下がここにいるとしたら、それはどんな意味があると思いますか…」

「それはどういうことかな?もしそれが本当なら、警戒した方がいい。兄上も廃嫡を不本意に思って、何かしてくる可能性はあるからね…」

「そうですか…多分なのですが、先ほどすれ違ったような気がするんです」

「それはマズいな。反省どころか、離宮を抜け出し王宮に来るなんて、国に反意有りと判断されても仕方ない状況になる」

「それでは、ギルフォード殿下が更に不利な立場になると…」

「とりあえず衛兵に兄上を探すように言おう。何かの間違いであって欲しいとは思うけど、クリスは人を見る目が確かだから…用心しておいた方がいいね」

 私は知り合いが変装していても、男性ならば頭上の文字は見えているから、知っている人物ならそれを基準に人を判断している。だからギルフォード殿下の特徴的な文字と寒気は、きっと間違いようがないはずだ。


「入場の時間です。王太子殿下、クリスティーヌ様、ご準備を」

 アルバート様が衛兵にギルバート殿下捜索の指示を出していると、従者が舞踏会の入場を知らせてきた。

 兎に角今は、王太子としてアルバート様は平静をよそおい入場するしかない。ミリアンナ様にアルバート様ルートで王太子になる場合、乙女ゲームではギルフォード殿下がどうなるのか聞いておけばよかった、と後悔した。実際は単位取得が忙しくて、それどころではなかったのだが…


 正面の扉から、舞踏会会場に入る。全ての上位貴族が招待され、スコット侯爵家も参加しているのが目に入った。帰国してから時間が無くて、まだ帰国の挨拶も出来ていなかった。心配そうにこちらを見るお父様をお母様が笑いながら見ている。アレン兄様は準備が忙しく今も裏方に回っているのか不在で、ミランダ姉様は相変わらず美しい佇まいで周りの男性の視線を集めていた。

「今のところ、異常はなさそうだね。このまま何事もなく終わってくれたらいいのだが…」

「はい、気のせいであって欲しいです」


 両陛下が待つフロア中央まで、ゆっくりと進み出る。陛下は満足そうに頷いて私たちの隣へ移動すると、今朝神殿で立太子の儀式が行われ、神の許しを得たと報告した。

 貴族たちはそれを聞いて、一斉に拍手をして喜びを表明した。陛下が手を上げ拍手が鳴りやんだ。

「そして今日、王太子となったアルバートの正式な婚約者として、スコット侯爵家のクリスティーヌを紹介する。彼女はこの国の聖女でもある。これからも王太子を支え、共に国を繁栄させてくれるだろう」

 陛下は、アルバート様に綺麗な箱を手渡した。契約の指輪だ。

「クリスティーヌ、左手を」

 私が左手を出すと、アルバート様が左手の薬指に指輪を嵌めた。そして私にもう一つの指輪を手渡した。私は受け取ると、それをアルバート様の左手の薬指に嵌めた。

「これで婚約の儀式は終わった。皆の者、祝福の拍手を」

 会場中から盛大な拍手が聞こえる。緊張が少し緩んだが、あと一つファーストダンスが残っている。

「では、麗しきクリスティーヌ。私と踊っていただけますか?」

「はい、喜んで」

 私はアルバート様とその場でダンスの姿勢を取る。ここから会場をぐるりと一周しながら踊るのだ。軽快な音楽が響き、私たちは呼吸を合わせてステップを踏む。ギルフォード殿下のことは気になるが、今はダンスで精一杯だ。

「さあ、楽しもう」

「はい、そうですね。あの、この指輪、外れないのですか?」

「いや、普通に外すことは出来るよ。ただ、本人以外は外せないから、万が一婚約破棄となると、自ら外さない限り契約が切れないんだ。原理は誓約魔法と一緒だね。一方的に破棄することは出来ない」

 二人が契約の指輪を外した状態であれば、婚約破棄が可能なのだそうだ。一方だけが破棄だと言っても、相手が指輪を自ら外さなければ、契約は切れない、厄介な契約魔法だと思った。

「まあ、私がこの指輪を外すなんてあり得ないけどね」

「……私もです」

 幸せな気持ちで、一曲を踊り切った。これで、私がすることは終わった。後は、お祝いに来た貴族たちの対応をアルバート様と一緒にすればいい。


 貴族の方々と談笑して、のどが渇いた私は、まだ話をしているアルバート様に飲み物を取りに行くと言って、少し側を離れた。女性の護衛が一緒に来てくれるので安全だと思っていた。

 飲み物を取ろうとテーブルに近づくと、近くの廊下にギルフォード殿下らしき人物を発見した。アルバート様に知らせていたら見失ってしまうと思った私は、護衛の女性にお願いして一緒にその人物を追うことにした。まさかギルフォード殿下が私を害することはないだろうと楽観的に考えてしまっていた。


 気づいた時には、どこかの倉庫へ引っ張り込まれていた。床には先程まで私を守っていた、女性の護衛が倒れていた。

「あの、これって結構拙い感じでしょうか?」

 外套を被ったギルフォード殿下だと思われる男性に恐る恐る聞いてみた。

「そうだな、クリスティーヌはどう思う?」

 ギルフォード殿下の声が聞こえて、男性は被っていた外套を脱いだ。

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