第54話 王妃様になる心構え

「すまないクリス。いきなり発表されるとは思っていなかった…」

 デビュタントのダンスをしながら、私はアルバート様とこっそり会話していた。

「突然で驚きましたが、陛下から何か言われていたのですか?」

 アルバート様はバツの悪そうな顔で頷いた。

「10年前に兄上のことがあって、父上は少々思うところがあったみたいだ。でもクリスは眠ってしまっていたから、流石にその状態で私に王位を譲ることは出来なかった。クリスが目覚めてすぐ打診があったんだ。王位を譲ると…でも、目覚めたばかりのクリスにいきなり王妃になって欲しいとは言いたくなくて、父にはまだ早いと伝えていた。確かにすぐではない…3年後だと言っていたけど、公の場で言われては時期は否定し辛い」

「3年後ですね。私が王妃になるには少し早いとは思いますが、アルバート様はその頃には31歳ですし、十分陛下も待ってくださったのだと思いますよ」

「いいのか?19歳で王妃になるのだよ」

「3年間、頑張って王妃様に教えていただきます。ちゃんと隣に立って、アルバート様を支えてみせます」

 アルバート様はホッとしたような顔で微笑んだ。

「ありがとう。クリスのことは私が守るからね。嫌なことや辛いことは我慢しないで言って欲しい」

「いいのですか?」

「ああ、我慢した結果、爆発して隣国に逃げられるのは困るからね」

 本気か冗談か分からない笑顔でアルバート様がウィンクをした。心当たりがある私はドキリとした。

「もう、意地悪です。そんなことは多分しません」

 アルバート様は、多分と言った時に少し焦った顔をした。私がぷくっと頬を膨らませたら、ターンしながら頬に軽くキスをされた。ビックリしてアルバート様を見たら、にやりと微笑まれ更にくるりとターンさせられた。

「皆が見ているのに、恥ずかしいです…」

「ごめんね。膨れている頬が可愛くて、我慢できなかった。大丈夫だ、それほど皆気づいていないさ」

 しれっとアルバート様は言ったけど、きっと嘘だ。だって、皆こちらを微笑ましそうに見ているもの…でも、ここでまた膨れたら、きっとまたアルバート様は頬にキスをする気がして、私は羞恥心を隠して何とか平常心で踊り切った。


「クリス様、ですわよね?」

 アルバート様がまだ挨拶を受けている中、少し休憩をと私は少し離れた場所で座っていた。周りには護衛が多数配置されていたので、ほとんどの貴族は私を遠巻きに見ている状態だった。

 声をかけられて顔を上げると、見知った令嬢が二人立っていた。

「クレア様、イボンヌ様、ごきげんよう」

 学園では出来るだけ目立たないよう、髪は三つ編み、伊達メガネで過ごしていた。身分だって子爵令嬢と偽り偽名を使っていた。

「やはりそうですわね。メガネをしていましたが美少女だと気づいていましたわ。でも、まさか王太子殿下の婚約者だとは思いも寄りませんでしたわ」

 イボンヌ様が驚いた様子で溜息をついた。

「騙すようなことをしてしまって申し訳ありませんでした。安全に学園生活を送るために、身分を隠していたのです。きっと今日、お二人には分かってしまうと覚悟していました」

「驚きましたが、気にはしないで下さい。事情は分かります。第一、王太子殿下の婚約者だと分かっていれば、もしかしたら私たちはお友達として過ごせていなかったかもしれません。そういう意味では、知らなくて良かったと思っています。って、私たちお友達でいいのでしょうか?」

 クレア様が少し焦って私を見た。私は嬉しくなって微笑んだ。

「はい、お友達だと思っています。純粋に子爵令嬢として親しくしていただけたので嬉しかったです。聖女で王太子の婚約者、侯爵家の令嬢であれば、きっと多くの貴族が私に近づいてきたと思います。でもそれは私自身を見ているわけではないでしょう?」

 10年前は、王女であるキャサリン様、光魔法の同学年の3人がお友達だった。他の方は王子殿下の婚約者、聖女の、スコット侯爵家のなど、私自身ではない人物として見られているようで、見えない壁を感じていた。

 何者でもない私として接してくれた二人には感謝している。今後も仲良くしたいと伝えると、二人は嬉しそうに微笑んだ。

「また、落ち着きましたらお茶会をしましょう。二人宛てにお手紙を書きますから」

「ええ、楽しみに待っています」


 護衛に囲まれて会話するのも、二人が気を使うので、手紙を送る約束をして見送った。

 ほどなくして、アルバート様が私の元へ来た。きっとアルバート様までこちらに来たら、二人が緊張で上手く会話できないと思って、見守ってくれていたのだろう。

「どうだった?納得してもらえたかい?」

「ええ、身分を偽った理由を理解していただけました。落ち着いたらお茶会をしたいと思っています」

「そうか、良かったね。あの二人は信頼できると思う。いい人と学園で出会えたね」

「……」

 きっと私に関わる人間はアルバート様によって選別されていたのかもしれない。あの二人の身分や素行、いろいろなものが、私と関わった時点で調べられていたのだろう。

 そして学園で危険な人物が近づけば、事前に排除されていたはずだ。クレア様とイボンヌ様はアルバート様に合格点をもらった、ということだろう。

「おや、眉間にシワが寄っているよ。その顔も可愛いけど、何を考えているの?」

「過保護すぎるアルバート様から、どうやって自立しようかと、考えていました」

「それは困った。私はまだまだクリスを甘やかしたいんだよ。まだまだ足りないくらいだ」

「……」

「次は何を考えているの?」

「大人になったアルバート様も素敵だと思っていました。でも、少し寂しくなりました」

 10年前は2歳年上だったアルバート様。しっかりしていてもまだ少年から青年に変わる途中だった。その途中を、私は全然知らないのだ。

「きっと、どのアルバート様も素敵だったのでしょうね…」

「それは、その頃の私を見たい、ということかな?」

「そうですね、出来れば側で成長を見てみたかったです。私が大人になる過程は今からですが、アルバート様はもう立派な大人になってしまいました」

 アルバート様は、少し迷う素振りを見せた。長い沈黙の後、遠慮気味に聞いてきた。

「もし、私の成長過程を見られるとしたら、見てみたいかい?」

「それは勿論見たいです!」

 きっとどの年齢のアルバート様も格好いいはずだ。そのすべてを見逃したのだ、残念だし悲しい気持ちにもなった。どうしたって、私の時は10年間止まってしまっていた。成長した兄や姉、年を取った両親、大人になってしまった友人たちを見る度に、何処かに置いて行かれたような気分になってしまうのだ。

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