第55話 あなたと共に

「じゃあ、これから一緒に来て、私の10年間をクリスに見て欲しい」

「それは見たいですが、どうやって?」

 照れくさそうに笑って、アルバート様は私の手を引いて王宮の端の部屋へ連れて行った。

「さあ、入って、あ、でも、決して私は自己愛が強い訳でも、自分が美しいとか、そういうつもりで描かせたわけではないから、そこは誤解しないでほしい」

 入った正面、奥の壁一面に姿絵が掛けられていた。20枚以上はありそうだ。

「これ…全部アルバート様…」

 そこには10年前の眠る時に見たアルバート様、そして年を重ね大人になっていくアルバート様の姿絵が掛けられていた。

「クリスが眠っている間、私の誕生日ごとに姿絵を描かせていた。もし、私が反対の立場だったら、私はクリスの成長を見られなかった、そう考えた時の絶望を……ではなくて、もしかしたらクリスもそう思ってくれるのではないかと考えて、絵師を呼んでは成長した私を描かせていた」

 18歳のアルバート様、少し背が伸びた。19歳のアルバート様、もう青年だわ。20歳のアルバート様…

 私は壁に掛けられた絵を順番に辿っていった。少しずつ大人になっていくアルバート様、正面、横顔、立ち姿、沢山のアルバート様から見つめられている様な不思議な感覚だった。

「なんだか、沢山のアルバート様に見つめられているみたいです」

「絵を描いてもらっている時、クリスを見つめている気持ちで描いてもらった。いつも君を見つめていたんだ」

「アルバート様、嬉しいです。私、10年間ずっとあなたに愛されていました」

「クリス、私は今も君を愛しているよ。喜んでもらえて良かった。実はキャサリンには不評だったんだ、気持ち悪いって言われて、結構凹んでしまったよ…」

 キャサリン様なら言いそうなセリフだ。でも、10年間意地でも続けると頑張ってくれたそうで、本当に感謝しかない。

「今年からは、二人で一緒に描いてもらおう。来年も再来年も一緒に、この壁いっぱいに思い出を掛けよう」

「ふふふ、それは後世に、私たちはとても仲の良い夫婦だったと知れ渡ってしまいそうですね」

「そうだね、100年後いや1000年後の子孫にも、仲の良い王と王妃がいたと語り継がれるような夫婦になろう」

「それはとても素敵ですね」

「よし、では早速絵師の手配をしよう。いや、やはり最初に描くなら婚姻の儀がいいかな?式当日は忙しいから、後日婚礼衣装で描いてもらおうか?」

「ふふ、そうですね。婚礼衣装はとても素敵に出来上がっていますから、絵を残せるのは嬉しいです」

 私が同意すると、アルバート様が嬉しそうに私にキスをした。最近は自然にキスをしてくるので、私も普通に受け入れてしまっていた。勿論照れるのだが、あまりにも照れていると、更にキスが追加されるので、出来るだけ平常心を心がけている。

 後日、私のデビュタントの絵姿を残すのを忘れていたとアルバート様に懇願され、もう一度デビュタントのドレスを着て、絵師に描いてもらうことになった。きっとこの絵も、あの部屋の壁に掛けられるのだろう。


「マーティン?どこに行ったのかしら?」

「お母様、きっとマーティンなら、お気に入りのお部屋にいるのではないかしら?」

 長女のメリンダの言うお気に入りの部屋とは、私たちの絵姿が沢山飾られた部屋のことだ。

「もしかして陛下も一緒に?」

「多分お父様も一緒でしょう?あの二人のお気に入りの場所だから」

「まあ、しょうがないわね。では、そこにお茶を持ってきてもらおうかしら」

 侍女にお茶を頼んでから、私とメリンダは王宮の奥の部屋に向かった。扉を開くとやはり明かりがついていて、二人がソファーに座って寛いでいた。

「陛下、マーティン、探したのですよ」

「あ、おかあさま、メエねえさま、ごめんなしゃい」

 今年3歳になったマーティンが可愛い声で謝った。アルバート様に似た茶色の髪にアイスブルーの瞳のマーティンは、王宮中を虜にする可愛い盛りだ。ただ目を離すとすぐにどこかに行くので、乳母と侍従を振り回して困らせている。頭上には【愛されキャラ、自由】という文字が浮かんでいる。少し将来が心配だ。

「ごめんよ、クリス。少し休憩しようと思ってね」

「そうでしたか、もうすぐここにお茶が来ますから、飲んだら執務に戻ってくださいね。お兄様がきっと待っていますから」

「はは、厳しいな。流石しっかり者の王妃様だ」

 結婚8年目、上のメリンダが5歳、下のマーティンが3歳。結婚2年半でアルバート様が王位を継ぎ、ディラン国王となった。国王夫妻の仲は良好だと国民にも広まっていた。

 二人で描いてもらっていた絵も今は家族で描かれ、壁には素敵な思い出も順調に増えている。

「さあ、お茶の時間にしましょうか」


 そこで目が覚めた。

「あれ、夢……?」

「お嬢様、おはようございます。いよいよ今日ですわね。少し早いですが起きられますか?」

 侍女のベスが嬉しそうに起床の挨拶をしてきた。

「今日…」

「あらあら、まだ寝ぼけておられますか?今日はお嬢様と王太子殿下の婚姻式ではありませんか。今から身を清め、婚礼衣装に着替えて神殿に行きますから、急いで準備をしないといけませんよ」

「え、っと、そうね、そう、まだ結婚していなかった。やけに現実的な夢で、驚いたわ」

「夢ですか?それは正夢かもしれませんね。この国では結婚式当日に見た夢は、いい夢なら正夢、悪い夢なら戒めと言われていますから」

「そうなの、正夢だったら嬉しいわ」

 家族団欒、幸せそうな夢だった。メリンダとマーティン、またあなたたちに会えるのかしら?


 神殿で待っているアルバート様と一緒に神殿の奥の間まで進み、そこで婚姻の誓いを神にたてる。披露宴は王宮で開かれるが、そこまでの道のりは、国民に向けてパレードが行われる。昨晩から王都はお祭り騒ぎだ。

「クリス、私の妃は本当に美しいな」

「アルバート様も素敵です」

 神殿の奥の間まで二人でゆっくりと進んで行く。途中でアルバート様が思い出したように微笑んだ。

「そうだ、クリス。もし私たちに子供が出来たら、女の子ならメリンダ、男の子ならマーティンと名付けないか?今朝見た夢が、すごくいい夢だったんだ」

「まあ、それは素敵ですね。私も今朝夢を見て、アルバート様にそう言いたかったのです」

 アルバート様が驚いたように私を見た。もしかしたら今朝見た夢は、やはり正夢なのかもしれない。もしそうなら、すごく嬉しい。それが分かるのはもう少し先だけど楽しみだ。

 

 辿り着いた神殿の奥の間は、虹色の光で溢れていた。幸せな予感に、私たちはお互いを見つめて微笑んだ。

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神様、こんなチートはいりません。~異世界転生したら結婚観が合わなかったので、頑張って幸せを掴むことにしました~ 黒柴 あんこ @kuroshiba-anko

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