第53話 デビュタントです

 午前中に打ち合わせを終えて、アルバート様の専用サロンで昼食をしながら、学園生活のことを話した。

「そうか、もう少しでクリスの学園生活も終わるね」

「はい、いい経験をさせていただきました。侯爵令嬢ではなく子爵令嬢でしたし、聖女でも無かったので、本当に気を遣わず自由に過ごさせていただいています」

「警備上の都合でそうしたけど、結果的に良かったみたいだね。王太子妃になれば自由に出来ることも少なくなるから、今の内にしたいことをして欲しいと思っている。といっても、デビュタントまであと2か月を切ったけどね」

「本当にあっという間でした。結婚するまではスコット侯爵家に居ますが、それもあと半年を切りました。まだ実感はわきませんが…」

「そうか、あと少しだと思うと、今も大切に思えるな」

 アルバート様が私の手を掬って口付けを落とした。最近は会う度にスキンシップが増えている気がする。ドキドキと焦っているのは私だけで、アルバート様はこんな時でも余裕があるように見えるのが少し悔しい。これ以上は無理だと、私は話題を変えることにした。

「さ、先ほど、フィリップ殿下と廊下で会いました。大きくなっていて驚きました」

「ああ、フィリップか…何かクリスに言ってきたりした?最近は大人しくしていたんだけど、まだまだ王位継承権第二位になった自覚を持てないのか、自由すぎて侍従たちを振り回している」

 末の王子は両陛下からも甘やかされ、少々我儘に育ってしまったとアルバート様は溜息をついた。確かに先ほどの態度は、大人の王族としては及第点には達していないような気がした。

「何か言って来たらすぐに言って。私からの注意は聞くはずだから…」

「はい」

 先ほどフィリップ殿下に言われた、「アル兄様より僕の方が歳も近いし、お似合いかもしれないよ」発言は、絶対にアルバート様の耳に入れない方がいい気がしたので黙っておくことにした。

 10年経って、私のことをアルバート様の婚約者だと知らない若い文官や武官に、王宮で勤める侍女だと勘違いされ遊びに誘われる事があり、その度にアルバート様が怒って王宮を凍らせていた。流石に今は徹底して周知され、王宮が凍ることもなくなった。

 フィリップ殿下の発言を知れば、間違いなくフィリップ殿下の氷柱が出来上がりそうだ。


 そして、とうとうデビュタント当日を迎えた。

 学園は昨日で終了し、友人になったクレア様とイボンヌ様にはしっかりとお別れを伝えた。目標の3学年までの履修は終了したので、学園生活も満足して終わることが出来た。

 今日のデビュタントにクレア様もイボンヌ様も来ると聞いている。二人に会場で会いましょうと言われ、私はちゃんと事情を話すことが出来ないまま頷いてしまった。

 今日アルバート様と一緒に入場すれば、二人にも正体が分かってしまう。結果的に騙すことになった友人たちに申し訳ない気持ちになった。

「お嬢様、準備が整いましたよ。浮かない顔をされていますが大丈夫ですか?」

「あ、ごめんなさい。大丈夫よ。綺麗にしてくれてありがとう、ベス」

「デビュタントおめでとうございます。お美しいですわ、お嬢様」

 真っ白なシルクにシフォンを重ね、そこに刺繍と宝石を散りばめた豪華なのに可愛いドレスは、キャサリン様とお母様がデザイナーのマダムポムと一緒に作り上げた渾身の作品だ。スコット侯爵家の威信をかけたとキャサリン様が豪語するほど、豪華すぎて少し着るのに勇気がいる逸品だ。


 両親とは別の馬車に乗って王宮の舞踏会が開かれる大広間の前までくると、侍従が控えの間に案内してくれた。私が入場するのは両陛下が登場する直前となっている。

 王太子の婚約者がデビュタントだという噂は囁かれていたが、呪いで10年眠っていたことなどは極秘とされていたため、この10年私の姿を見た者は当然いない。いるということは知っていても、10年もの間姿を見ないというのは異常なことだ。

 目覚めてからも正式な公の場に姿を見せることはなかった。まるで都市伝説な聖女クリスティーヌ・スコット侯爵令嬢…間違いなく皆興味津々のはずだ。


「お待たせいたしました。アルバート様?」

 控えの間に案内され、アルバート様に挨拶をしたのに反応がない。惚けたようにこちらを見ているけど、忙しすぎて体調でも崩しているのかと心配になる。

「ああ、すまない。あまりにも美しい姿に、一瞬思考が停止したよ」

 アルバート様は慌てて私の手を掬い、指先にキスを落とす。

「綺麗だ、私のクリス。やっと今日正式にお披露目が出来る。貴族には10年間聖女として神の元へ行っていたと伝えてある。その姿で現れても混乱は最小限で抑えられるはずだ」

 おじいちゃん(神様)には、神殿に行った時に事情は説明したので、そのように貴族に伝えても問題はない。ただ、姿の変わらない私を見て、本当に貴族の方々が驚かないかが心配だった。

「昔を知っている貴族の方々は、10年前と変わらない私で、本当に驚きませんか?」

「驚きはするだろうね。聞いていたのと実際に見るのとでは、やはり違うだろう。でも気にしなくていい。私のクリスはこんなに素敵なんだ。すぐに皆も受け入れてくれる、大丈夫だよ」

(否定するものは容赦しない)とアルバート様の顔に書いてあるような気がして、私は少し不安に思いながら頷いた。


 大広間に続く扉が開いた。覚悟はしていたつもりだったが、それでも足が震える。アルバート様が私の手をぎゅっと握ってくれる。

「大丈夫だ。共に行こう」

「はい、どこまでも一緒に」

 眩い光の中に私たちは踏み出した。ざわざわとしていた会場が、私たちを見て一瞬静まり返った。

「随分とお若い、確か今年26歳だと聞いていたが…」

「クリスティーヌ様、ですわよね?」

 騒めきだした貴族たちの声は意外とよく聞こえた。確かに26歳には見えないわね…10年前魔法学園に生徒としていた人も多数いるから、昔と変わらない私を見て驚いているようだ。

 混乱を見越して、両陛下がすぐに入場してきたので、会場の騒めきも収まった。

「皆静粛に。聖女であるクリスティーヌ・スコット侯爵令嬢は10年前に神の元へ行き、最近になって戻ってきたのだ。年齢も今は16歳である。神の加護は約束され、聖女である彼女がいる間は安泰だと聞いている。そして予定していた通り、春になれば王太子アルバートと婚姻を結ぶことになっている」

 会場が一気にお祝いムードになった。皆が一斉に拍手で祝ってくれている。神の元に行っていた聖女だと紹介されたのだ、反対する貴族などいないのだろう。

「さて、今夜は成人してデビュタントを迎える者も多い。成人貴族として、王太子夫妻と共に、この国を大いに盛り立てて欲しいと思う。そして3年後、王位をアルバートに譲ろうと思っている」

 会場がザワザワとし出した。アルバート様も初耳なのか驚いた様子を見せている。

「やられたな…」

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