第52話 学園生活とデビュタントの準備
学園生活は順調だった。スコット侯爵家の馬車に乗って登校し、クラスメートや光魔法のクラスの友人と昼食を取り、午後の授業が終われば迎えの馬車に乗って帰宅する。
聖女であることは伏せているし、王太子の婚約者でもなく子爵令嬢として通っているため、学園での行動も前よりもかなり自由だ。
10年経っているので、アレン兄様ミランダ姉様は卒業しているし、2学年上にいたアルバート様も卒業している。何でも自分でするし、行動は基本女友達としている。どこかで監視されている前提だがそれは仕方ない…
「ねえ、クリス様は、デビュタントはやはり婚約者の方と参加されるのですか?」
クレア様が、魚のソティを切り分けながらこちらを見た。私はパンをちぎりながら頷いた。
「そうですね、その予定です」
「それは羨ましいですわ。まだ私は決まってないのです。従兄がパートナーになってくれるそうですが、出来れば婚約者がいいですわ」
イボンヌ様が肉料理を切り分けながら溜息をついた。
「あの、ご報告があるのです。実はわたくし内々に婚約者が決まりそうなのですわ」
クレア様が嬉しそうに報告してきた。イボンヌ様がカチャンとフォークを置いた。
「ま、まさか、抜け駆けですの?」
「そんな、抜け駆けではないですわ。ほら、前にランチをご一緒したインス伯爵家のマーティン様と、ご縁がありましたの」
確か頭上に【落ち着き、温和】の文字が浮かんでいた男子生徒だ。あの後、婚約者がいると知ってからは声をかけられることはなかった。
「ご縁、ですか?」
「ええ、父の貿易関係の出資者のお一人がインス伯爵で、最近お見合いしたのです。マーティン様も前向きに交際してもいいとおっしゃってくださいましたの。これも、あの時のことがあったからだと、クリス様には感謝していますのよ」
「そうでしたか、それはおめでとうございます」
「やっぱり抜け駆けですわ。クレアったら私に内緒でお見合いなんて、わたくしにも誰か紹介してください!」
「上手くいけば、ちゃんと紹介しますわよ。まずは交際で相性をみてからですわ…」
嬉しそうにクレア様が微笑んだ。恋する少女らしく頬を染め、お見合いのことを話している。
「もう、惚気ないで下さい。私は卒業までに運命の相手を見つけますわ。それが叶わなければ王宮で侍女をしようかと思っていますの。王宮には沢山の文官や武官の方がいますから、そこで出会う男女も多いのですわ」
なるほど…そんな風に思わず王宮で過ごしていたけど、出会いを求めるのであれば、確かに王宮はほぼ貴族しかいないし、出会いも多いのかもしれない。
一夫一妻制が浸透して、私もやっとこの国でも安心して生活が出来ている。マッタン王国に留学し、そのまま永住をしようと思っていた私が、今はこの国の王太子と結婚してゆくゆくは王妃になるなんて、本当に不思議な気分だ。
「アルバート様のお陰です。今日お友達と話していて、改めてそう思いました」
「そう言ってもらえたら、頑張った甲斐があるよ。でもクリスのことがなくても、この国は一夫一妻制にしてよかったんだよ。調停委員は仕事が減って、やっと本来の機能を発揮できている。前は妻同士の争いや、離婚や浮気の問題処理が多かったから、それ以外のことを処理しきれていなかった。今は平和な部署になったけど、以前は回されたくない部署ナンバーワンなんて言われていたからね…」
文官の皆さんも大変だったそうだ。妻同士の掴み合いの喧嘩を止めたり、夫婦の間に入ったり、そればかりでは神経も疲弊しそうだ。
「それより、来週は婚礼の打ち合わせだね。やっとクリスに会える」
「はい、学園がお休みの日なので、朝から王宮へ行く予定です」
「そうか、じゃあ、一緒に昼食が取れるようにする。その時にゆっくり話をしよう」
「はい、楽しみにしていますね。では、おやすみなさい、アルバート様」
「ああ、おやすみ、クリス」
いつもの通信を終えて、ベッドに潜り込んだ。あと少しでアルバート様に会える。
アルバート様とは、週に一回会えたらいい方で、最近は月に2~3回程度しか会えていなかった。デビュタントが行われる冬の王宮舞踏会が近づいていて、アルバート様も忙しいみたいだ。お兄様も帰りが遅く、キャサリン様も心配していた。
アルバート様はどんなに忙しくても、毎晩バングルで会話をしてくれている。ほんの数分でも、声が聴けるのは嬉しかった。
デビュタントで、私の正体は学園の生徒にバレてしまうため、学園に通えるのはデビュタントまでだと、アルバート様にも言われている。春には婚礼が控えているので、私も納得はしている。
気がつけば、学園生活もあと少し…短かったけれど、目覚めた私が大人になるための、大切な準備期間だったと思っている。
「クリス、アル兄様にちゃんと言っておいてよ。婚礼衣装は譲るけど、デビュタントのドレスは絶対にスコット侯爵家で用意すると。そこだけは譲れないからね」
婚礼の打ち合わせに出る前に、キャサリン様が慌ててそう言ってきた。どうやら婚礼衣装をスコット侯爵家で用意する案が却下され、思うところがあったようだ。
領地から王都へ来ている両親も、私のデビュタントには思い入れがあるようで、お母様からもそう言われていた。
「はい、必ずお伝えします。お母様からの願いだと言えば、アルバート様も頷いてくれますよ」
「そうね、私からだと言えば即刻却下されそうだわ。兎に角、こちらで手配するから、それだけは確認しておいてね。次の週末にスコット侯爵家に今人気のデザイナーと針子を呼んであるから、お義母様と一緒に選びましょうね」
「はい、楽しみにしておきます。では、行ってまいります」
「クリス姉様、今日は兄上の所ですか?」
王宮の廊下を歩いていると、向かい側からフィリップ殿下が歩いてきた。幼いころからクリス姉様と呼んで、私に懐いてくれていたが、10年経ってフィリップ殿下は22歳、完全に逆転されてしまった。
「お久しぶりです、フィリップ殿下。今日は婚礼の打ち合わせで来ました」
「そうなんだ。クリス姉様は、こんなに小さかったのですね。あの時は同じくらいの身長でしたが…」
「殿下は大きくなられましたね。アルバート様より大きいような気がします」
「ああ、アル兄様より少し大きいかな?クリス姉様は可愛いままだ。アル兄様より僕の方が歳も近いし、お似合いかもしれないよ?」
「そんな冗談まで言えるようになったのですね。では、アルバート様を待たせていると思うので行きますね」
内心ドキドキしながら、私はフィリップ殿下の横を通り抜けた。フィリップ殿下の頭上には【自己顕示欲、我儘】という文字がキラキラと輝いていた。末子王子は承認欲求強めの我儘王子に育ってしまったようだ。
寒気や吐き気はないものの、あまり進んで関わり合いになるのは避けたい人種である。
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