第19話 アルバート様の生誕記念舞踏会

「お嬢様、素敵ですわ。さすがアルバート殿下です。お嬢様の魅力を引き出すドレスを贈ってくださるなんて」

 今夜のために贈られたドレスを着た私を見て、ベスが感嘆の溜息をついた。

「さあ、このドレスに合うように髪を結うのは私にお任せください。デビュタントは2年後ですが、初々しい今のお嬢様に似合う髪型を結ってみせます!!」

 アルバート様に贈られたシフォンとシルクを重ねた淡いブルーのドレスは、花の妖精のような可愛いデザインだった。14歳の私が最大限可愛く見えるよう、ふんわりとしたシフォンがふわふわと揺れ、光沢のあるシルクがアクセントになっている。胸元と腰のベルト部分には宝石が縫い込まれ、動く度にキラキラと輝きを放つ。

 このドレスだけでも、かなり高価な贈り物だが、アルバート様は髪飾り、靴、そしてアクセサリー一式まで全てを贈ってくれた。

 高価すぎて受け取れないと言ったが、私の隣に立つのだから、私が贈ったものを身につけて欲しいと言われてしまい、結局頂くことになってしまった。アルバート様へのプレゼントは用意してあるが、このドレス一式に比べたら足元にも及ばない…どっちが誕生日か分からないが仕方ない。


「すごく素敵だ、このドレスにしてよかった。クリスの可愛さが引き立っているよ。着てくれてありがとう」

 王宮でアルバート様と待ち合わせをして、一緒に入場するのを待つ。今夜はデビュタントのご令嬢、ご令息も多く、皆白いドレス、白い礼服に身を包んでいる。アルバート様も16歳で成人の為、白い礼服姿だ。

「ドレス、ありがとうございました。アルバート様も素敵です。成人おめでとうございます」

 白に銀色の刺繍が見事なテールコートを着こなし、胸にはイエローダイアモンドの大きなブローチがついている。さすが本物の王子様だ。いつも素敵なアルバート様だが、今夜は更に魅力的だ。この方と一緒に舞踏会会場に入場するのだ。無理過ぎる…

「緊張しているの?大丈夫だよ、クリスが一番綺麗だよ」

 手を掬われ、指先にキスを落とされる。

「え、ええ、あの…」

「淑女には手にキスをおくる。駄目だったかな?」

「いえ、初めてだったので、驚いてしまって…」

「そうか、クリスの初めてを私がもらったと思うと嬉しいな」

 輝くような笑顔で言われたら、駄目だとは言えなかった。それに、初めてをもらったなんて…恥ずかしくなって頬に熱が集まった。

「可愛いクリス、君が私の婚約者になってくれて良かった。あの時決断した自分を褒めたい気分だ」

「えっと、それは?」

「さあ、行こうか、皆が待っているよ」

 綺麗な所作で会場までエスコートされ、私は会場中の視線を一身に浴びながら中央の両陛下が待つ台座まで進んだ。ドレスの下に隠れている足はがくがくと震えているが、表面上は笑顔を張り付け懸命に歩いた。歩き切った時は心で自分を褒めたい気分だった。

「アルバート、誕生日おめでとう。今日からは成人した王族として公務にも参加し、より一層国の為、国民のために尽くしてほしい」

「はい、精一杯務めさせていただきます」

 国王陛下からお言葉を賜り、アルバート様も堂々と言葉を返していた。会場からは盛大な拍手で生誕を祝われ、笑顔で答えるアルバート様は本当に素敵な王子様だった。

「クリスティーヌ、あなたもアルバートを支えてくれてありがとう。これからも仲良くしてくださいね」

 王妃様の言葉にドキリとしたが、私は笑顔で「はい」と答えた。それ以外の答えが返せる雰囲気ではなかった。心の中で冷や汗を流しながら、このまま婚約破棄できるのか、不安が大きくなっていた。

「さあ、ファーストダンスは私とクリスだ。いっしょに踊ってくれるかい?」

「はい、喜んで」

 差し出された手の上に手を乗せると、ぎゅっと握られそのままダンスフロアの中心までエスコートされる。

「緊張しなくていい、いつもの通り踊ればいいんだから」

「はい」

 音楽に乗せてステップを踏めば、いつも通りアルバート様が見事なリードで答えてくれる。小さい頃から王子妃教育で王宮に通い、ダンスのパートナーはアルバート様が相手だった。他の男性とは手すら握れなかったため、ずっとアルバート様が下手な私に付き合ってくれていたのだ。今では目をつぶっても踊れるほど息ピッタリだ。

「アルバート様、いつもダンスに付き合ってくれてありがとうございました。ここまで上達できたのはアルバート様のお陰です」

「そうだったね、小さなクリスはダンスが苦手で、いつも私と一生懸命練習していたね。あの頃の君も可愛かったな。たしか母上が絵師に描かせていたね。久しぶりに見たいな、探さないと」

「ダンスする子供というタイトルでしたね…あの時は緊張しました…」

「懐かしいな、君の成長をずっと側で見ていた。こんな素敵な女性になって、今もこのフロアの男性の視線がクリスを追っているよ。自慢したい気分と、誰からも隠したい気分、複雑な心境だな」

「ふふふ、冗談がお上手ですね」

「いや、結構本気だよ。気づかない君も可愛いけど、気をつけて。他の者とは踊っては駄目だよ」

「私は家族とアルバート様以外の方とは踊れないですよ。わかってますよね?」

 触って気分が悪くなる自覚があるため、今日はこの一曲だけであとは壁の花になる予定だ。出来ればこの後はすぐに帰ってしまいたいが、そうもいかないだろう。会場にはアレン兄様とミランダ姉様、両親も来ていた。ミランダ姉様も今日がデビュタントの為、家族はミランダ姉様に付き添っていた。パートナーはアレン兄様が努めている。

 白いドレスを着たミランダ姉様はとても美しく、きっと沢山の男性からダンスの申し込みを受けるはずだ。だから今夜はそっと目立たないように壁の花になりながら、その姿を見学しようと決めていた。

「アルバート様、私は端の方で休憩していますので、ダンスのお相手をしてきてください」

「え、でも、クリスを一人には…」

「今日から公務をと陛下はおっしゃられました。ご令嬢のダンスのお相手も、立派な公務だと思います。私は誰とも踊らずちゃんと待ってます、なのでどうか行ってください。アルバート様が踊っているのを見ています」 

「わかった。でも、何かあったらすぐに近くの護衛に言って欲しい。絶対にだよ」

 私が頷くのを見て、心配しながらもアルバート様はダンスフロアへ戻っていく。アルバート様にダンスを申し込もうと今夜デビュタントの令嬢や、それ以外の令嬢まで期待の目で熱く見つめているのが分かる。

 14歳の私は今夜特別に参加しているだけで、同級生はいないし、いるとすればキャサリン様ぐらいだが、第一王女であるキャサリン様は、挨拶に来る方々の相手で忙しいだろう。

 少し休憩したら、家族がいるところへ戻ろう。そう思って近くにあるドリンクを手に取った。

「それ、お酒ですよ」

「え、あ、それは気づかなくて、ありがとうございます。あ、ジョーンズ先生?」

「ごきげんよう。スコット嬢、先ほどは素敵なダンスでしたわ」

「ありがとうございます。先生も今夜は?」

「ええ、ご招待いただいたので参加しています。あなたがアルバート殿下の婚約者だと、今まで気づかないなんて、ふふふ、私ったら間抜けだわ。でも良かったわ、ここで会えたのも、ふふふ…」

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