第20話 危機管理は無理です
「あの、ジョーンズ先生?」
ぞくっとするほど妖艶な微笑みでジョーンズ先生が近づいて来る。近くの護衛を呼んだ方がいいような気がしたが、ジョーンズ先生は学園の先生で、普段はとても優しい先生だった。
危険な感じがするだけで、護衛を呼んで大事にするのは気が引けた。そう、一瞬の判断ミスが危機を引き寄せることがあると、私はこの時学習することになるなんて…
「さあ、私と一緒に外に行きましょうか?邪魔な虫は潰さないとね」
ガシッと手首を掴まれ、女性とは思えない力で引っ張られる。持っていたお酒の入ったグラスが地面に落ちてパリンッと音を立てて割れた。周りの視線が私たちに集まる。ジョーンズ先生はチッと舌打ちをして、さらに私を引っ張って外に連れ出そうとする。
頑張って踏ん張ったが、引き籠っていた私の筋力はほぼ無く、平均より小さい娘と成人女性の体格差も相まって、どんどん外に連れて行かれそうになった。それでも、周りがその異常な光景に気づき始めて、護衛の人がこちらに来ようとしていた。
「もういいわ、ここで潰してあげる。さあ、邪魔な虫は死になさい!!」
虫って私??目の前で先生は手に魔力を込めて私に振り下ろした。潰すって物理的に??驚きと恐怖で私は目をつぶって身を強張らせた。痛いのも死ぬのも勘弁して欲しい…
「ぐっ…」
覚悟した痛みの代わりに、私は誰かに抱え込まれた。知っている香水の香りに驚いて目を開けた。
「アルバート様、どうして?」
「…大丈夫か?怪我はない…」
「私は大丈夫です」
「そう、…良かっ…くっ」
グラリと体が傾いで、アルバート様が私の方へ倒れてきた。慌ててアルバート様の背中に手を回したら、ヌルりと生暖かいものが手についた。そのまま一緒に崩れるように地面に倒れたけど、打ち付けた膝よりも真っ白なアルバート様の衣装が赤く染まっていく光景に心臓が潰れそうに痛んだ。
「どうして…庇うのよ…邪魔な虫はいらないわ…」
駆けつけた護衛に取り押さえられながら、ジョーンズ先生はブツブツと何かをしきりに言っている。
「アルバート様、待っててください。今すぐ癒します」
大きく背中がえぐれ、血が溢れて止まらない。このままでは確実に死んでしまう。
「だめだ…君の癒しは…使わないで…すぐに治癒魔法師が……」
「無理です、こんな怪我、治癒魔法師でも…」
授業で勉強をして、光魔法の効力は知っている。奇跡みたいな治癒の力はなく、光魔法で治せる範囲はそれほど万能ではなかった。
「だめ、だ、みんな、みて、いる」
「いやです、死なせたくない。バレたっていいです」
今にも気を失いそうなアルバート様は、必死に私の心配をしている。でも、ここで癒やさなかったら、きっとアルバート様を失ってしまうかもしれない。そんな恐怖耐えられない…
私はアルバート様をうつ伏せにして、背中に手を当てた。絶対に助けたい。それも、確実に!
「神様、一つ目のお願いです。アルバート様を助けて、お願い!!」
私は目を閉じて癒しの光を背中に向けた。目を閉じていてもわかるくらい、眩い光がアルバート様を包み込む。どうやら神様のお願いは有効だったみたいだ。
光が収まると、会場の声が私の耳にも聞こえだした。ざわざわとしている中に、聖女ではないのか、という声が混じる。
「クリス…泣いているの?」
アルバート様が目を開けて私を見ている。
「え、泣いてなんて…」
慌てて頬に手を当てると、頬が濡れていた。どうやら泣いていたようだ。ゆっくりとアルバート様が半身を起こして、私の頬を拭ってくれた。
「ごめん、君を泣かせて、聖女の能力を使わせてしまった。助けてくれてありがとう」
「違います。助けてもらったのは私で、傷は治っても、痛かったでしょう、私を庇って死にそうな怪我をさせてしまってごめんなさい」
すっかり傷は治り、今は出血もない綺麗な背中が、大きく裂け真っ赤に染まったコートの中から見えている。周りには大量の血痕が今も残り、あの時の恐怖でまだ体が震えている。
前世で階段から落ちた時の痛みが脳裏に蘇り、更に心が冷えた。耐えきれずふらりと体が傾いで、そのままアルバート様の腕の中で私は意識を手放した。
「クリス?!」
結局そのまま3日間意識を失ったまま眠り続け、気がついた時には王宮の部屋でいろいろな人に囲まれていてびっくりした。
「クリス、目が覚めてよかった…このまま眠り続けるのかと、本当に心配したんだ」
お父様が青い顔でそう言って、側で母は泣いていた。アレン兄様とミランダ姉様は学園を休み続けることが出来ず、今は学園に行っているそうだ。アルバート様はずっと側についていてくれたけれど、怪我で失った血が戻ってないのに無理をしたせいで、今は隣の部屋で眠っているそうだ。
「あの、それで、あの後どうなりましたか?」
「ああ、いろいろあったよ。そのことはアルバート殿下が直接クリスティーヌに話したいそうだから、殿下が起きるのを待って欲しい。それと、聖女だということは、あれだけ派手にやってしまったからね…隠すことは出来なかった」
「はい、覚悟していましたので、後悔はしてないです。これからご迷惑をお掛けするかもしれませんが、ごめんなさいお父様」
「いいや、いいんだよ。可愛い娘を守るのはお父様の仕事だからね」
父は優しく私の頭を撫でてそう言った。母は泣きながら私を抱きしめて、聖女だと隠していたことを少しだけ拗ねていると言ってから微笑んでくれた。
「さあ、食事をして体力をつけてから、殿下に会いに行こうか」
侍女のベスが、胃に優しい食事を用意してくれ完食するまで心配され、何とか食べきると殿下が目を覚ましたと知らせが来た。
ドアをノックして開けると、少し疲れた様子のアルバート様がベッドにもたれて体を起こしていた。
「ごめんよ、まだ起きる許可が出なくてこんな格好で…」
「いえ、無理をしないで下さい。私はすっかり元気なので、そんな顔しないでください」
今にも泣きだしそうな顔をしているアルバート様に、私は精一杯微笑んだ。
「いろいろ話さないといけないんだ。スコット侯爵にも説明した方がいいのだろうな。いっしょに聞いてもらっても?」
「はい、殿下が話していいと思われているなら、伺いましょう」
父と二人、ベッドの側の椅子に座って話を聞くことになった。
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