第21話 悪いのはギルフォード殿下ですよね

「王家の醜聞になる話だから、すまないがここだけの話にして欲しい…」

 そう前置きをして、アルバート様は語り出した。


 事の起こりは3年前、兄上が光魔法の講義に来た家庭教師の女性に手を出そうとしたことが発端だった。

 それが、アリア・ジョーンズだった。15歳の兄が当時22歳だった子爵の娘に手を出そうとした現場に、たまたま通りかかって阻止したのが12歳の私だった。

 それから、兄に襲われかけた令嬢が不憫で申し訳なく思い、彼女が私を訪ねるのを何度か許可した。勿論その頃から私にはクリスがいたし、まさか10歳も年上の女性が、子供の私に恋愛感情を持っているなんて思いも寄らなかった。

 会う度におかしな言動が目立つようになり、私は彼女の面会を断る様になった。それでも、彼女は何度も王宮を訪ねてきたり、社交の場でアルバート殿下は私のことを想っているのだと言いふらすようになった。

 兄上のせいで精神的に追い詰められ、壊れてしまったのだと思った私は、出来るだけ事を大きくしないように処理したが、それが更に逆効果になったのか、何をしても許されると勘違いした彼女は、とうとう夜中に私の寝室に忍び込んだんだ…

「えっ??」

 思わず声が出てしまい、慌てて口に手を当てた。

「勿論何もなかったよ。ただ、彼女はほとんど衣服を身につけない状態で護衛に発見されて、さすがにもう庇いきれなくなった。兄上の件も考慮されて厳罰にはならず、遠い親戚に預けられ王都には戻れないはずだったんだ。だから、クリスが光魔法の先生がマリア・ジョーンズだと言った時、本当に驚いたんだ。あの時すぐに対応していたら、こんな事にはならなかった、私の完全な失態だよ。本当にすまなかった」

 アルバート様は深く頭を下げ、父と私は慌ててそれを止めた。王族が臣下に頭を下げるべきではないし、そもそもの原因はギルフォード殿下の行いのせいだと思った。

「アルバート様のせいではないです。先生の心が壊れてしまってこんなことをしたのだとしても、原因はアルバート様ではないです。それに、もし聖女だと皆にバレたことを言っているのだとしたら、それも違います。あれは、私が望んでしたことですから、それが原因で何かしらのことがあっても、それは私が決めた結果です」

 ハッとしたようにこちらを見たアルバート様は今にも泣きそうな顔で、思わず私はそんなアルバート様を抱きしめていた。

「クリス…」

「大丈夫です、だから、そんな悲しそうにしないで下さい」

「…ありがとう、クリス。でも泣いているのは君だね…」

 そっと指で頬の涙を拭ってくれたアルバート様は、覚悟を決めたように微笑んだ。

「君を傷つけようとした彼女を許すことは出来ないし、実際に王族である私を殺害しようとした現場を皆に目撃されている。もう情状酌量の余地はない」

「え…」

「陛下は今回の件を私に委ねるとおっしゃった。彼女は間もなく裁判にかけられ、その後はーーー」

 王族を傷つけた事実だけで、この国では処刑されることが多く、今回アルバート様は瀕死の重傷だった。きっと神様のチートを使った聖女の癒しがなかったら、今頃は亡くなっていたかもしれない。

「そんな顔しないで。これはきっちりとした裁判でくだされる判決だ。クリスが気に病むことではない」

「ただ、こんなことは考えたくないけど、彼女一人の力で追放された王都に戻ってきて教師になることも、私の生誕記念舞踏会に来ることも可能だとは思えないんだ…」

「誰か協力者がいると?」

「そうだね、そう考えた時、思い当たるのは…」

「え、いるのですか?」

「まあ、憶測で話しても仕方ないから、もう少し調べてみるよ。それと、スコット侯爵にお願いがあります。クリスを害するものがいないとは限らないので、屋敷の警護を増やしてもらいたい。聖女として認識されてしまったので神殿も彼女を欲しています。私も出来る限り守れるようにしますが、屋敷にいる間は無理ですし、王宮も残念ながら安全だとは言えません…」

「勿論です。我が家の大切な娘です。十分警戒して、警護の人員も増やしましょう」

「感謝します。どうかよろしくお願いします」

「殿下、改めてお礼を言わせてください。あの時クリスティーヌを守っていただきありがとうございました。あなたが娘の婚約者で本当によかった」

「スコット侯爵、クリスを守るのは当然です。危険な目に合わせてしまったこと、二度とこのようなことがないように徹底的に原因は排除します」

「殿下、娘を想って下さりありがとうございます」

 和やかな雰囲気で会話を続ける父とアルバート様を見つめながら、私は内心焦っていた。

 先ほど、アルバート様の頭上に新たな文字が追加されたのだ…【冷酷】という文字が…

「クリス、どうかした?」

「あ、いえ、何でもないです」

「そうか、それならば、今日はもう王宮を出てスコット侯爵邸に帰った方がいいね。きっと今頃、学園が終わって君の兄姉が帰っているだろう。ずっと彼らも心配していたから」

 アルバート様に右手を握られ、一瞬ビクっと体が跳ねたが、寒気も吐き気もしなかった。ホッと息を吐いて緊張を解いた。

「クリス、大丈夫かい?」

「え、っと、少し疲れたのかもしれません…」

 【冷酷】という文字は消えずにキラキラと輝いて見えるけど、それでも拒否反応は出なかったようだ。

「そうか…では、気をつけて帰って…明日は私も学園に行く。クリスは体調が回復していたらでいいから、もし来られたら、明日は一緒に昼食をしよう」

「はい、アルバート様も無理はしないで下さいね」

「ああ、そうするよ」

 

 ベッドの上で微笑むアルバート様に挨拶をして、私はスコット邸に帰って来た。既に兄様と姉様も帰宅していて、かなり心配させてしまったことを謝った。

「無茶はしないで欲しい。生きた心地がしなかった」

「心配しすぎて眠れなかったわ」

 少し疲れた表情の二人に抱きしめられ、ごめんなさいとありがとうを伝え、そのあと家族全員で夕食をとってその日は早めに就寝することにした。侍女のベスにもかなり心配を掛けてしまい、眠るまで側にいてくれた。

「ベスも疲れた顔をしているわ。早く休んで…」

「ええ、お嬢様が眠られましたら、私も寝ます。どうぞ、お休みください」

「ベス、いつも心配させてごめんね。ありがとう」

「お嬢様、無事で本当に良かったです。おやすみなさいませ」

 疲れていたのか、すぐに眠気はやって来てそのまま瞼を閉じた。

 慌ただしい一日で、アルバート様に新しく出現した【冷酷】の文字のことも、すっかり忘れてしまっていた。

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