第22話 sideアルバートの思惑(決断)
3日間、クリスが眠り続ける間、自分に対する怒りと後悔でどうにかなりそうだった。
クリスから、光魔法の教師がマリア・ジョーンズだと聞いた日から、秘かに彼女の内偵をさせていた。
一年前に赴任してきた彼女は光魔法を担当し、それから問題を起こすことなく真面目に勤務、マリア・ジョーンズは生徒に慕われるいい先生だという報告書を見て、心のどこかでホッとする自分がいた。
兄上のことがきっかけで心を壊した彼女が、私に執着し問題を起こしたため王都から追放されてしまった。12歳の私に何も出来なかったのは仕方ないと自分に言い聞かせていたが、それでも罪悪感が少なからずあった。その彼女が更生して学園の教師になっていたのだ。
それならば、彼女のことはそっとしておいてもいいと思った。本来なら王都追放は二度と王都には戻れない罰だった。その時感じた違和感を、私は罪悪感で深く考えずに蓋をしてしまった。
生誕記念舞踏会でクリスと踊り終わった後、クリスを一人にする予定ではなかった。しかしクリスに公務だからと言われ、仕方なく何人かの令嬢と踊ってすぐに戻るつもりでそばを離れた。
私はダンスをしながらクリスを常に目で追っていた。壁際で飲み物を取る彼女に、マリア・ジョーンズが近づいていくのが見えた時は嫌な予感で心臓が跳ねた。
私はすぐにクリスのもとへ駆けつけようとしたが、ダンスフロアからクリスまではかなりの距離があった。魔法を使うにも人が多すぎて、この距離からでは危険だ。人を避けながらクリスのもとへ急いでいる間にもマリア・ジョーンズはクリスを引っ張って外に連れ出そうとしていた。
クリスの持っていたグラスが割れて、皆がそちらに注目した。護衛も気づいて近寄ろうとしているが、それも少し時間がかかりそうだった。連れ出すのを諦めたマリア・ジョーンズがクリスに魔法攻撃をしようとしているのが見えた。私が攻撃魔法を発動する時間はなかったし、もし攻撃が出来たとしても少しでも逸れればクリスに当たってしまう。
咄嗟に自分に防御魔法を付与して、そのままクリスを抱きかかえ、マリア・ジョーンズの攻撃を背中で受ける形になった。防御魔法の効果は少なく背中に焼けるような痛みが走る。痛みに耐えながら、クリスの無事を確認した。意識は朦朧としてきて、嫌でも死を予感した。
それでも、ここでクリスの魔法を使わせるのだけは阻止したかった。ここまでくれば意地のようなものだった。王宮の治癒魔法師は優秀だ。確実ではないが、死なない程度に何とかなるだろうと算段してのことだった。
しかしクリスは躊躇することなく私を癒して助けてくれた。クリスの献身に益々彼女を愛しく思った。
クリスは泣いていたが、途中まで普通に会話をしていた。私に痛い思いをさせたと謝罪して、周りに広がる血痕を見た直後だった、小さく震えていたクリスが青ざめて突然意識を失った。
「クリス?!」
王宮の医師や治癒魔法師の見立てでは、心に負担がかかりショックで一時的に意識を失ったというもので、いつ目が覚めるのかは不明だと言われた。
目が覚めないクリスの前で絶望を味わい、不甲斐ない自分を責めた。癒しでは失った血までは戻らないのか、眩暈が酷くなり医者に安静を言い渡され、クリスの眠る隣の部屋で療養のため寝かされたが、目を瞑るとクリスが意識を失った瞬間の恐怖が襲ってくる。
朦朧とする意識の中、自分を責め続けた。何故自分はマリア・ジョーンズを学園から排除しなかったのか、どうしてあの時クリスの側を離れてしまったのか…
そして、考えていた。
なぜマリア・ジョーンズが私の生誕記念舞踏会に来ることが出来たのか。追放処分されている彼女に王家から招待状が届くなんてあり得ない。だが、取り押さえた彼女は王家からの招待状を持っていた。彼女が持っていた招待状は別人のもので、その令嬢は16歳で隣国に留学しており招待リストから外れているはずだった。
ミリアンナ・ダントン男爵令嬢、兄上の恋人だと一時期噂された人物…
誰かが裏で糸を引いている。それも王家の招待状に細工が出来る者。考えたくないが、そんな人物は限られている。もしも私の予測通りあなたがそうなら、私は決して容赦しない。
3日目にクリスが目を覚まして、私の元へ来てくれた。スコット侯爵も交えてマリア・ジョーンズについて話すことにした。私が襲われかけたと話すのは、抵抗があったが仕方ないと思い隠さずに話した。
私のクリスを殺そうとしたマリア・ジョーンズには、一切同情する気にはなれないし、罪悪感ももうなかった。クリスが気に病むと可哀そうだから、公開処刑ではなくどこかの監獄に送り、そのあと確実に葬ればいい。その前に黒幕のことはきっちり聞いておかないとな…
クリスがぽろぽろと涙を流しながら、私を抱きしめてくれた。なんて綺麗で優しくて可愛いんだ。こんな天使を危険な目に合わせたことを、犯人が誰であっても許せるはずがなかった。死ぬほど後悔させ、二度とクリスの前には出られないようにしなくては……
クリスにそろそろ帰るように伝え、そっと手を握ると、彼女の手が一瞬びくりと強張ったような気がした。
「クリス、大丈夫かい?」
「え、っと、少し疲れたのかもしれません…」
離れがたかったが、目が覚めたばかりの彼女を長くとどめておくのも気が引けた。翌日に一緒に昼食をとる約束をして見送った。
さあ、これから忙しくなる。
二度とクリスが悲しい思いをしないように、すべてを確実に仕留めなくてはいけない。聖女を狙う神殿も、彼女に群がるものすべて、排除できる力が必要だ。
そのためなら、私はどこまでも冷酷になれるだろう。
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