第48話 学園生活とデビュタント
「ハーデン嬢、おはようございます。今日は一緒にランチをしませんか?」
「いえいえ、昨日断られた私に譲ってもらいたい。是非私とお願いいたします」
朝、登校すると待ち構えていたのか、二人の男性が私の前に現れた。確か昨日も昼食に誘ってくれたジョーンズ子爵令息、それとインス伯爵令息?あまり関わることはなかったが、編入した日に自己紹介をしてくれた人たちだ。
「あ、いえ、私は…」
「あら、私たちもご一緒していいですか?今日一緒にハーデン嬢と昼食を取る約束をしていたのです」
隣から二人の女性がずいっと私の前に出た。そんな約束はしていないと言おうとしているのを、視線で黙らされた。鬼気迫るとはこういう事か…
「では、よろしくお願いいたします」
気がつけば先ほどの男子生徒2名と、私を含めた女生徒3名で昼食を取る約束をしていた。あっという間の出来事だった。
「あの、先ほどのは?」
男子生徒が立ち去ったあと、首を傾げる私に女生徒二人がずいっと乗り出した。
「急にすみませんでした!あの、ちなみにハーデン嬢は婚約者がいらっしゃいますか?」
婚約者?どうしていきなりそんな話になるのだろう?困惑しながらも、私はコクリと頷いた。女生徒たちはホッとしたように息を吐いた。
「それは良かったですわ。先ほどの令息お二人はどちらも嫡男なのです。そして婚約者もいない、皆さま虎視眈々と狙っている方だったので、もしハーデン嬢が狙っているのなら、わたくしたちはライバルになるところでしたわ」
私は慌てて首を横に振った。ライバルになるなんてとんでもない。
「ふふふ、それでは今日は協力をお願いしてもよろしいでしょうか?わたくしアボット伯爵家のイボンヌですわ。どうぞイボンヌとお呼びください」
「私はエーブル伯爵家のクレアですわ。クレアとお呼びください。クリス様とお呼びしてもいいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いいたします。クレア様、イボンヌ様」
同じクラスの彼女たちに、最近は婚約者を決める貴族が少なくなったことを教えてもらった。一夫一妻制度が10年前に始まり、婚約者を一人に絞る危険性を感じた貴族男性が、より相性の良い女性を選ぶため慎重になりだしたそうだ。そのためこの魔法学園生活で相手を見極めて、自分の伴侶を決める男女が多いそうだ。
「つまり、この学園は男女の戦場なのですわ!女性はよりよい家格の男性を。男性は自分に合った女性を選ぶため、日々努力しているのです」
「そうでしたか…それは知りませんでした」
とても現実的で、お世辞にもロマンティックではない話にたじろいでしまう。努力する方向性に多少の疑問は感じるが、素敵な出会いを探しているのだと思うことにする。
「皆さまデビュタントの舞踏会に婚約者と一緒に参加したいので、今が一番大切な時期なのです。是非協力をお願いいたしますわ」
デビュタントまでに見つからない場合、次は卒業まで伸びるので、早く決めてしまいたい男女は今が正念場なのだそうだ。とても現実的な恋のようだ。
「お力になれるか分かりませんが、出来る事は協力しますね」
「クリス様、ありがとうございます」
デビュタントは3年生の最後の冬、私もその時にデビュタントの予定だ。真っ白いドレスは憧れがあるし、アルバート様の時は最悪の思い出になってしまったので、私の時はいい思い出を作りたい。
昼食を男子生徒と取ると知れば、アルバート様が心配するとは思ったが、久しぶりにできた友人の為に、ここは頑張るしかないだろう。
「そうでしたか、ハーデン嬢は婚約者がいるのですか…それでは無理にお誘いして申し訳なかったですね」
「あ、いえ、沢山の方とお話しながら食べるのも楽しいので、誘っていただいて嬉しかったですわ」
「そうですか、それなら良かった」
人気のある男子生徒なだけあって、優しい受け答えにホッとした。頭上には【堅実、弱気】【落ち着き、温和】という文字が輝いている。如何にも草食系な男子に吐き気は起こらないし、とても話しやすい。
「あの、ジョーンズ様、インス様はデビュタントまでに婚約者を探されているのですか?」
クレア様が際どい質問をした。ガンガン攻めて脈がないなら次を探す、肉食系の女子のようだ。
「そうですね、いい方が見つかればそうしたいと思っています。なかなか唯一を見つけるのは難しいですが…」
「そうなのですか?周りにいるかもしれませんよ?」
私は黙々とランチを食べながら、次々に繰り出される会話を聞き流していた。肉食系女子VS草食系男子の攻防、完全に外野の私は微笑ましく思いながら聞き流すのが丁度いい。
親交を深められ、私としては今日の食事会も楽しかったと思いながら、今日の授業を終え迎えの馬車に乗った。心配性のアルバート様が迎えを寄越すので、結局私は王宮から学園に通うことになった。
デビュタント前には実家であるスコット侯爵邸に戻り、そこからは結婚式までは王宮に戻らないつもりだが、これもアルバート様次第かもしれない…
「おかえり、クリス」
「ただいま戻りました。アルバート様」
王宮に戻るとすぐに、執務室にいるアルバート様を訪ねる。これもいつものことだ。これをしないと執務室を抜け出してアルバート様が私の部屋へ来てしまう。文官の方から頼まれてから、帰ったらすぐに挨拶をするようになった。何事も平和が一番である。
「今日のランチは楽しそうなメンバーだったね」
これもいつものことだ。私の行動はアルバート様に筒抜けなのだ。私は微笑みを張り付けながら、詳細を報告する。ここで手を抜くと、アルバート様の執務態度が悪くなり文官の方が苦労する。これも経験済みだ。
「そう、友人の恋を助けたんだね。相手の男子生徒に、君には婚約者がいるとちゃんと伝えられたのも良かったね。いい生徒のようで安心だ」
満足そうに頷くアルバート様に、文官の方もホッと肩の力を抜いた。側近であるアレン兄様も私を見て頷いた。どうやら今日の執務は捗るようだ。
「では、執務頑張ってください、アルバート様」
今日のミッションも完了。心の中でガッツポーズを決めて、私は執務室を退室した。
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