第13話 乙女ゲームっぽいです

「さあ、彼女のことはよくわからないけど、私にも秋波を送ってくることがあるし、宰相の息子で兄上の側近にも…あまりいい印象はないな」

「アルバート様にも?宰相のご令息にまで??」

 なんだか、どこかの乙女ゲームのような展開だ。好感度を上げるため、色々な攻略対象に話しかけ、ルートが別れればそこからはその攻略対象との好感度を上げるのだ。そう考えると、今はギルフォード殿下ルート的な?でも、現実でそんなことをしていたら非常識だと思われてしまうだろう。

「勿論私も宰相の息子も完全に彼女のことは無視なんだが、兄上は彼女のことが気に入っている。最近は王宮にも出入りして、まるで自分こそが兄上の婚約者であるように振舞っている。このままでは兄上も彼女も拙いんだが、もう誰の諫言も聞く気がないようでね。私としてはこのまま兄上が正気を失うなら、切り捨てるしかないと思っている」

「そんな…」

「兄弟なのに、冷たいと思うかい?」

「いいえ、アルバート様は何の手も打たずに切り捨てる方ではないと思っています。きっとこれまでに、何度も諫言をして、それでもどうしようもない、そういうことですよね…」

 ハッとこちらを見るアルバート様の瞳が不安に揺れている。

「ねえ、少しの間でいいから抱きしめてもいいかな?」

 私は戸惑いながらも黙って頷いた。丁度立っている場所は柱の陰になっていて、覗き込まないと私たちの姿は見えないだろう。ゆっくりアルバート様が近づいて、優しく私を抱き寄せた。最近更に背が伸びたアルバート様にすっぽりと抱きしめられ、私はおずおずとアルバート様の背に手をまわした。

 アルバート様がクスッと私の耳元で笑った。

「なんだか私の方が子供になったみたいだ。クリスティーヌは温かいね。なんだか安心する」

 27歳の私はキュンキュンして、更に撫でまわしたい気分になったが、13歳の私はそんな余裕はなく、真っ赤な顔をアルバート様の胸元に埋めて見られないようにした。

「可愛い、クリスティーヌ。狡いお願いをしてごめんね」

 アルバート様の温もりがパッと離れて少し残念に思ったが、それよりもドキドキとうるさい心臓を落ち着かせようと必死だった。その後サロンでお茶をしたが、照れくさくてアルバート様を直視するのが難しかった。

 

 何とか無事にお茶を飲み終わって、屋敷に戻る馬車の中で私は重い息を吐いた。どうしようもなく愛しい気持ちが今にも溢れて、自分はアルバート様が好きだと言いたくて仕方ない、まるで重い石を飲み込んだように、苦しくて仕方がない。

「お嬢様、お顔が曇っていますわ。王子殿下と何かありましたか?」

 馬車に乗り無言で座っていると、ベスが心配して声をかけてくれたけど、私は首を振って何もないと言うだけで精一杯だった。


 次の日から、私はアルバート様を徹底的に避けることに決めた。常に顔を合わせていれば、恋心を自覚するしかない。それは今の私には辛すぎた。現実逃避するには、実際に逃避するしかない。

「よし、何とか上手く避けることは出来てる。後は、時間が過ぎるのを待てば」

「ねえ、クリス。アル兄様を避け出して10日目ね。王宮の侍従たちがアル兄様の不機嫌に振り回されて10日、そろそろ何とかしてあげたいんだけど」

「キャサリン様、アルバート様が侍従の方に?」

「アル兄様はギル兄様と違って直接当たったりしないわ。ただ、アル兄様の感情が不安定で、魔力が溢れて周りが凍りつくの…それで滑って転んだりするし、溶かすために苦労しているのよ」

「どうして、アルバート様が?」

「それは、クリスティーヌがアル兄様を露骨に避けるからではないの?10日前に王宮に来てからよね。兄様も心当たりがあるみたいで、落ち込んでいるのよ」

「心当たり??」

「突然抱きしめてしまって、クリスを怖がらせたと、それで避けられているとずっとうじうじ言っているのよ。本当に迷惑なお兄様だわ」

「それは、違うわ…これは、私の問題でアルバート様は何も悪いことはしていないの…」

 確かに抱きしめられて、恋心が一気にアルバート様に傾きかけた。だから、私は焦ってアルバート様を避けるようになった。アルバート様を傷つける気はなかったのに…

「出来れば、早めにアル兄様に会ってあげて。昨日は無心になると言って、騎士団に混じってかなり無茶な練習をしていたのよ。食事も余り取らないし、このままでは倒れてしまうわ」

「ごめんなさい。私の行動が、そんなことになっていたなんて…」

 自分の気持ちを優先して、アルバート様がどう思うかということに気がまわってなかった。もし反対の立場で、突然アルバート様に意味もなく避けられたら、きっと私はショックで引き籠って泣いてしまうかもしれない。

「いいのよ、アル兄様が勝手にそうなっているのよ。でも、一応身内としては心配なのよ」

「うん。今日のお昼休みにアルバート様に会いに行ってみる」

「そう、そうしてくれると助かるわ。そろそろ、王宮が凍りつくんじゃないかと宰相が心配していたの」

 本気か冗談か分からないが、キャサリン様はホッとしたように微笑んだ。


 昼になって、私はアルバート様がいる3年生の教室へ向かった。丁度中庭を抜けようと通りかかった時、甘ったるい声がして、思わず声がした方を見た。

「アルバート殿下、大丈夫ですか?私が癒しましょうか?」

 庭に蹲ったアルバート様の肩に張り付くように、ミリアンナ様がいた。ドクンと心臓が跳ね、嫌な汗が背中をつたった。

「アルバート様」

「…幻聴が聞こえているのか?妄想でクリスが見える…」

「アルバート様…」

「クリス?クリスが目の前に?ダントン男爵令嬢、手を放してくれ。私は婚約者の前で他の女性に触れられるは好きではない」

「まあ、心配しているのに、酷いですわ」

 ミリアンナ様は顔を赤くして、私を睨んでから庭から去っていった。

「大丈夫ですか?顔色が悪いです。あの、下手かもしれませんが癒してもいいですか?」

 驚いたようにこちらを見て、アルバート様は嬉しそうに頷いた。ドキドキしながら私はアルバート様の手を取って、目を閉じた。じんわりと手から魔力を出し、相手の体に巡らせる。

「綺麗だクリス。キラキラと君が輝いている」

 手を握りながら、私はアルバート様に謝った。こんな風に疲弊させてしまって、本当に申し訳ないと思った。

「…アルバート様、ごめんなさい。私の事情で一方的にあなたを避けました。アルバート様が悪いのではないです。あくまで私の事情です」

「君の事情…それは?」

「ごめんなさい、それは言いたくないです。でも、これからは避けません」

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