第29話 隣国に来ちゃいました

「あれ、ここは…??」

 目が覚めると、見たことのない天井が見えた。高級そうな天蓋を見つめ、ぼんやりとしていると知っている声が聞こえた。

「起きたの?クリス、大丈夫?」

「あれ、ミリアンナ様の声…ってミリアンナ様、どうして?」

「それは私が聞きたいわ。いきなり空間が光ったと思ったら、花の精が降ってきた、と思ったらクリスだったのよ。人気のないところでよかったけれど、大変だったのよ」

「ってことはここは、隣国?」

「そうよ、ここはマッタン王国の王宮ね。どうしていきなり現れたか説明できる?」

「たぶん、神様にお願いしたから…」

「は?神様??」

「話せば長いような短いような…」

 私は簡単に夢に神様が現れて、3回お願いを聞いてくれることになった話をした。

「1回目のアルバート殿下を助けたのはいいとして、逃げたいがために隣国に来るのはどうかと思うわ…」

「でも、アルバート様が突然クズ男になったのか、吐き気がして胃が痛くて苦しくて、パニックになったんだもの…」

「ああ、それね。ただのストレス性の胃炎よ。苦しそうにしていたから、ササっと癒しておいたわ」

「へ?胃炎?」

 まさか本当に胃炎…たしかに最近大変なことが多くて、胃が痛いと思うことが多かった。その症状をクズ男反応だと勘違いしたのか…

「アルバート様…クズ男じゃなかったのね…よかった」

「私からしたら、アルバート殿下も相当のクズだとは思うけどね、まあ、今はクリスがいいならいいけれど」

 不敬罪だと思う発言が多いが、本人もいないので聞かれる心配はなかった。それにしても…

「どうして王宮にいるの?」

「ああ、そうね。いろいろあってね、はっきり分からないんだけど聖女になったの、私も。それで、いろいろあって今は王宮に住んでいて、え、っと、いろいろあって今は王太子の婚約者なのよ…実は。また後でゆっくり話すわ」

 いろいろが多くてよくわからないが、聖女になって隣国王太子の婚約者??情報量が多すぎて、結局よくわからなかった…説明を待つしかないだろう。

「それより、クリスのことよ。クズ男が誤解だとしても、そっちも誤解するようなことがあったってことよね?」

 私は頷いて、卒業記念舞踏会のことを話した。ギルフォード殿下の婚約破棄宣言、王位継承権剥奪、アルバート様が王太子になることなど…

「なんとなく、ゲームみたいな流れね。ギルフォード殿下のルートは、悪役令嬢のジョセフィーヌ様が断罪されて、ヒロインと結ばれるのよ。流れは一緒でも、事実無根で断罪はないわね。それにデミオ男爵令嬢って誰よ。そんな人物いなかったわ。ギルフォード殿下も元々は攻略対象なんだから、ヒロインさえいればハッピーエンドになったんだけどねぇ…女癖が悪いのも幼少期の厳しい教育が原因だし、自尊心が強くなったのもそういう教育を受けていたから、少しずつヒロインが心の傷を癒して、立派な王太子になるのよ、私では役不足だったから、逃げてしまって申し訳なかったけれど…」

 そうか、それは大変な幼少期だったのだろう。そうとは知らず、チートのせいでギルフォード殿下を最初から毛嫌いしてしまったことを、少しだけ申し訳なく思った。でも、やはり分かっていても気持ち悪くなる症状には勝てない気がした。人には相性というものもあるのだ。

「それで、今は攻略対象の隣国王太子様と婚約していると…かなりゲームと違う展開なのね」

「そうね、私もかなり驚いているの。留学前はワンチャンとか言っていたけど、本当にそんな気はなかったのよ。人生を楽しもうと開き直っただけなのにね」

 元々、この世界のヒロインとして転生しているのだ。ミリアンナ様はとても可愛いし、変にゲームを意識しなければ、とても魅力的な女性だった。そんな彼女に聖女の力まで備われば、鬼に金棒で王太子くらいゲットできるのかも…

「あの、すぐに向こうに帰りたくないと言ったら、どうなりますか?」

「別にいいわよ。折角だから短期留学していく?そういう制度もこっちの学園にはあるの。クリスは聖女だからその気があるならこちらで永住も出来そうだけど、アルバート様が力づくで奪いに来そうで怖いわね…戦争になったら、申し訳ないわ…」

「そうね、聖女って大事な存在らしいから…」

「…う~ん、ちょっと違うわね。あなたの存在がアルバート殿下には大事なのよ」

「それはないって、ほら、契約だから…」

「その契約契約って言うの、どうなの?クリスの気持ちはどうなの?」

「私の気持ちは…あの、その…」

「ああ、言わなくてもその真っ赤な顔を見ていたら、わかるわね…殿下も何故気づかないのかしらね。兎に角、クリスの家族に連絡をとって事情を説明して、話はそれからね。オリバー様が保護してくれるから、そのように言っていいそうよ」

 どうやら隣国の王太子にかなり溺愛されているそうで、ミリアンナ様のお願いなら大抵のことは叶えてくれるそうだ。勿論無理なお願いはしないわよ、と嬉しそうに言うミリアンナ様は幸せそうだった。

 

 両親に魔法便で手紙を届けてもらい、短期留学としてこちらの魔法学園に通う許可をもらった。こちらの魔法学園は制服もなく、学年という概念もなかった。生徒は魔法適正がある授業を選択して受け、課題を提出することで単位を取得するそうだ。そのため途中留学してもあまり目立つことなく、私は出来るだけミリアンナ様と同じ授業を選択して、一緒に行動することにした。

 この国は一夫一妻制のため、チートが反応することも少なく体調もほとんど悪くなることはなかった。たまにクズ男には遭遇するが、それは避ければ何とかなる。このままこの国で卒業まで暮らすのもいいかもしれない、そう思えるほど快適な学園生活を送ることが出来ていた。

「本当にありがとうございます。オリバー殿下、ミリアンナ様。住むところまで保証していただき、何から何までお世話いただき助かっています」

「いや、ミリアンナの友人で、隣国の王太子の婚約者で聖女。そんな国賓級の客人を歓迎しない国はないよ」

「それでもです。急にこの国に来た私を王宮に住まわせ、すべての生活の面倒まで…」

「ミリアンナの大切な友人だ。僕にとっても大切にすべき人だ。遠慮することはないさ。アルバート殿下からもすぐに連絡が来た。君は彼にとっても大切な婚約者だからね、君を粗雑になんて扱えないさ…ははは…」

「え、すぐに…?」

「そのバングルよ。それでクリスがどこにいるか分かるの。怖いわよね…本当はすぐに連れ戻したいところを、きっとクリスの為に我慢しているのよ」

 誕生日に送られたお揃いのバングル…急に目の前で消えてしまい心配をさせていると思っていたけど、アルバート様は何処にいるか分かっていて、それでも私が自分で戻ると決めるまで待ってくれているんだ…

「それでも、今はまだ帰れない…」

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