第30話 今は隣国にいます

「いいわよ。なんだったら永住してしまえばいいのよ」

「え、それはちょっと困るかも…隣国と戦争になると思うよ…」

 本気で焦るオリバー殿下に、ミリアンナ様は楽しそうに笑った。お互いが想い合っている様子に、胸がチクリと痛む。アルバート様は今、何をしているのか、元気でいるのか、顔が見たい、声が聴きたい、それでも今は帰国する気になれなかった。漠然と16歳を迎えて婚約破棄をする現実が怖くなっていた。

「このままここで16歳になれば、これ以上想うこともなく終われるかもしれない…」

「まあ無理に帰国は薦めないわ。でも自分自身の為にも迷いすぎて後悔だけはしないでね」

 私はこの国に来るまで、迷いすぎて後悔してばかりだったからね。笑いながらそう言っていたが、ミリアンナ様の迷走を目の前で見ていたので、私は苦笑いしか出来なかった。

「あのヤンデレ殿下がいつまで我慢できるか、そっちの方が問題かもね…」

「ヤンデレ?ミリアンナは不思議な言葉を使うね。どういう意味かな?」

 オリバー殿下は不思議そうに首をかしげた。彼の頭上には【溺愛、ヤンデレ】という文字がキラキラと輝いていた…

「そうね、オリバー様みたいな方、かしら?」

 私はこくこくと無言で頷いた。きっとゲームで攻略対象の性格も分かっているミリアンナ様なら、オリバー殿下のヤンデレ属性を知っているのだろう。それでも、好きなのだろう。

「仲が良くていいですね」

「ふふ、これからまだまだ愛を深める予定よ。クリスも頑張ってね」

「とりあえず短期留学を頑張ります。折角来たんだから、楽しまなくちゃ…」

 自分に言い聞かせるように言って、それからはアルバート様のことは考えないように学園の授業に集中した。自分で何でも挑戦して、兄様姉様に守られることなく、なんとなく自立することが出来た気になっていた。

 楽しい学園生活に夢中になっている間に、あっという間に一か月が過ぎていた。


 自国から手紙が私宛に送られてきたのは、2か月を過ぎた頃だった。

「私宛の手紙ですか?」

 王宮の侍女が手紙をもってきてくれたので、お礼を言って受け取った。家族からの手紙は頻繁に来ていたが、これは違うようだ。

「この印章、キャサリン様だわ…」

 久しぶりに友人からの手紙を懐かしく思い開封すると、キャサリン様らしい綺麗な字で文字が綴られていた。

 途中までは、突然いなくなったことへの文句、最近の学園の様子が書いてあり少し申し訳ない気持ちで読んでいた。最後の方に、遠慮気味に書かれた文字を見て、私は愕然とした。


 アル兄様が過労で倒れたけれど、このことはクリスには内緒だと言われたの…でも、教えないなんて私には出来ないわ。このまま二人が離れてしまうのは兄妹としても、友人としても納得ができない。

 クリスがいなくなってからアル兄様はずっと無理をしているの。このままでは体を壊して死んでしまいそうで心配。クリスには早く戻ってきて欲しい。アル兄様を助けてあげて。


「アルバート様…」

 すぐにでも、アルバート様の所へ駆けつけたい気持ちになったが、それではこの2か月留学して離れていた意味がないような気がした。今戻っても苦しくなるだけ…契約婚約に縛られて、きっと会いに行っても素直になれない。

「今は帰れない…」

 キャサリン様に手紙を書いた。アルバート様の体調を心配しているけれど、今は帰れないと。何も出来ていないまま戻っても、弱い自分は傷つきそうだ…

「そっか、私は傷ついたんだ。ミランダ姉様を私の代わりにするって、アルバート様が言ったから…今まで婚約していた時間まで、無意味だと言われたみたいで」

 あの時アルバート様は、スコット侯爵の娘なら私でも姉様でもいいと言ったのだ。契約婚約を言ったのは私で、婚約破棄したら素敵な王妃様を選べと言ったのも私なのに、アルバート様の言葉に傷ついて逃げてしまった。

「こんな事思っているなんて、アルバート様には言えないし、本当にお姉様が王太子妃になったら、戻れる気がしない。結果的に成人前に隣国に留学できたし、このままここで卒業して、こちらの男性を見つける方が…」

 コンコンっと扉が叩かれる音に振り向くと、廊下にミランダ様が立っていた。

「何度かノックしたのよ。それに、独り言にしては大きい声で、聞く気がないのに聞こえたわ。迷走しているようだから、少しだけアドバイスしてもいいかしら?」

「ミリアンナ様…」

「今悩んでいるのって、勝手に思い込んでいるだけで、アルバート殿下に直接聞いたことではないでしょう?」

「でも、婚約破棄したら姉様が王妃でもいいのかと、そのような感じのことは言っていましたよ」

「それは、そうするって意味ではなくて、アルバート殿下も焦ったんでしょう?」

「何をですか?」

「う~ん、全部私が説明するのも違う気がするのよ。見ていてイライラはするけど、言えないわ…提案としては、お互いに腹を割って話し合うのがいいのだけれど、それも難しそうね…それならいっそ、すぐに婚約破棄したら?契約で婚約したんでしょう、そんなものがあるからお互い素直になれないのよ」

「今、ですか?」

「そう、今すぐよ。さっきこのまま留学して、こちらの男性と結婚しようかって呟いていたじゃない。そのつもりなら、早めに解消した方がアルバート殿下も、早めに次の婚約者を探せるわよ」

「確かに、そうですね…何も言わずに、16歳までここにいるのは、アルバート様の運命の人を探す時間を奪っていることになるんですね」

「運命ね…まあ、そう思うならそれでいいわ。それでどうする?」

「アルバート様に手紙を書きます。今すぐ婚約破棄がしたいと」

 ミリアンナ様が頭を押さえて俯いた。

「自分で言ったことだけど、ちょっとアルバート殿下に恨みを買いそうで怖いわ…」

「大丈夫です、ミリアンナ様の名前は絶対に出しません」

「それ、絶対お願いね!私まだ死にたくないから…」

「大袈裟ですよ。でも決心したら、少し気持ちがすっきりしました。これ以上アルバート様を想うのは辛いから、全部無かったことにしたいです」

「無かったことに、ね。まあ、後悔しないようにしなさいね。あとヤンデレ殿下は監禁エンド、無理心中エンドがあるって、一応頭の片隅に置いておいてよ!怖いから…」

「え、でも、私ヒロインではないので…」

「だから一応、念のための心構え?備えあれば憂いなし」

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