第26話 卒業記念舞踏会が大変です

 アルバート様が私の髪にキスを落としてから、あっという間に3か月が過ぎた。相変わらずアルバート様は忙しいらしく、結局卒業記念舞踏会当日まで会う機会は訪れなかった。

「お嬢様、本日の装いも素晴らしいです。王子殿下はいつもお嬢様に似合うドレスを贈ってくださいますね。きっと深い愛があるんですね」

「ベス、そんなこと、ないわ…確かに素敵なドレスだけど、きっと忙しいアルバート様ではなくて、侍女か専属の誰かが選んでいると思うわ…」

「そうですか?でも、一緒に届いたカードには『君の瞳を想ってこのドレスを贈るよ』って書いていましたよ」

 淡い桃色のドレスは、確かに私の瞳の色だった。裾にいくほど色が濃くなる花の精のような可愛い逸品だ。

「それは、そうだけど、深い愛はないのよ…きっと…」

「まあ、そんな謙遜なさらなくてもいいのですよ」

 ベスはそう言うけど、私たちの間にあるのは愛ではなくて契約なのだ。成人までもう2年を切った、このまま16歳になれば私は隣国に行くのだ。

 きっとアルバート様は私と婚約破棄をして、素敵な女性と結婚する、それが私とアルバート様の約束だから…


 魔法学園に馬車で向かう。アルバート様とは学園で待ち合わせをしていた。卒業記念舞踏会が始まる時刻ギリギリまで、用事があると手紙で連絡があったのだ。最近のアルバート様は本当に多忙で、偶然中庭で会った時から今夜まで、一度も顔を合わせていなかった。

「アルバート様…」

 待ち合わせの会場入口に、正装姿のアルバート様が立っていた。相変わらず素敵な王子様だ。遠巻きに女生徒たちがその姿を見ているが、本人はさほど気にならないのか、私に気づくとすぐに近づいて来てくれた。

「久しぶりだね、元気にしていたかい?贈ったドレス、思った通り良く似合っている」

 思った通りということは、やはりアルバート様がこのドレスを選んでくれたのだろうか…?

「素敵なドレスをありがとうございます。アルバート様も素敵です」

「ありがとう。さあ、中へ入ろう。それと、今夜何があっても、クリスは私を信じて黙って見届けて欲しい」

 そっと私の耳元でアルバート様は囁くと、そのまま私をエスコートして会場へ入った。先ほど言われた意味を理解できないまま、私は黙ってアルバート様について行った。


 会場では卒業生が胸に赤い薔薇をつけ、思い思いに談笑していた。卒業生の保護者や婚約者、5年生の生徒も参加しているので、会場内は多くの人で賑やかな雰囲気だ。

 その中でも特に目立つのがギルフォード殿下と例の転校生であるデミオ男爵令嬢だった。小柄で可愛らしい彼女はフリルとリボンが多めの黄色のドレスを着て、ギルフォード殿下と腕を組んで談笑していた。誰が見ても恋人の距離で、それを隠そうともしていない…

 ぞわぞわと寒気がして、思わず私は腕を擦ってしまった。どうやらクズ男は健在のようだ。

 会場には婚約者で卒業生でもあるジョセフィーヌ様の姿も確認できた。彼女は家族と一緒に、ギルフォード殿下から少し離れた場所に立っていた。

 卒業記念舞踏会が開催される時刻が近づいてきた頃、ギルフォード殿下はおもむろにジョセフィーヌ様の元へデミオ男爵令嬢を伴って歩いて行った。それに気づいた会場の生徒たちがザワザワとし出したが、それでもギルフォード殿下はそのまま歩みを止めなかった。

 とうとうジョセフィーヌ様の目の前まできた殿下は、ジョセフィーヌ様に向かって声を張り上げた。

「ジョセフィーヌ・ロード侯爵令嬢、僕は君との婚約を破棄することを宣言する」

 騒がしかった会場がシーンと静まり返った。まさか、と皆が声を失ったようだ。殿下は静まり返った会場に気をよくしたのか、更に言葉を発した。

「君は、ここにいるデミオ男爵令嬢であるシャーロットを虐げ、取り巻きの令嬢にいじめをさせていた。さらに害そうと階段から突き落としたそうではないか。そのような者と結婚など出来ない。この場で婚約破棄し、私はここにいるシャーロットと新たに婚約をすることを宣言する」

 皆の視線が、ジョセフィーヌ様に注がれる。隣にいたロード侯爵様の顔が憤怒の形相に変わっていくが、ギルフォード殿下は気づいていないのか平然としている。

「ギルフォード殿下、今言われたこと、全く身に覚えがございません。そもそもわたくしに取り巻きの令嬢はいませんし、デミオ男爵令嬢を虐める理由もございません。事実無根でございます」

 真っすぐにジョセフィーヌ様は否定をしてから、それでも、と言葉を継いだ。

「わたくしは、婚約破棄に対してはお受けしたいと思います。これ以上わたくしがあなた様の隣に立つ意味を見出すことは出来ませんから…」

 ギルフォード殿下は一瞬デミオ男爵令嬢を見たが、それでも強気でいくようだ。

「ふん、あくまで認めないのだな。まさか、この可憐なシャーロットが嘘をついたと言いたいのか?兎に角、婚約破棄は成立だ」

「はい、婚約破棄、確かにお受けいたしました」

 ジョセフィーヌ様がそう言った瞬間、二人の間に魔法契約の誓約書が現れ、青白い炎を上げ燃え上がった。王族の婚約は魔法契約をもって成立している。私も8歳の時アルバート様と婚約の誓約魔法を結んでいた。誓約はお互いの意思をもって破棄が可能だが、どちらか一方が拒めば破棄することが出来ないもので、そういう意味では少し厄介な誓約だった。

 じっと黙って事の成行きを見守っていた生徒やその家族がザワザワと騒ぎ出した。誓約魔法の炎を見て、正式に婚約破棄がされたと誰が見ても判断できた。

 私は隣のアルバート様を仰ぎ見た。アルバート様は少し辛そうな顔でじっとその様子を見ていた。

「アルバート様…」

「大丈夫だ、間もなく陛下がこの事態を治めてくださる。もう少し見守っていて…」

 まるで段取りが出来ているような、そんな口調に疑問が浮かぶが、黙って頷いた。


 その直後、陛下が会場に現れた。もともと卒業記念舞踏会に陛下が祝いの言葉を贈るため来場することは予定に入っていた。

 陛下はロード侯爵様の元へ歩み寄り、ジョセフィーヌ様とロード侯爵様に言葉をかけた。

「ジョセフィーヌ嬢、マックス、いやロード侯爵…我が息子が迷惑をかけた。ここまで愚かだとは…すまなかった」

「陛下、謝罪は結構です。我が娘では殿下を繋ぎ止められず無念でございます。力及ばず、このような事態を招きこちらの不徳の致すところです」

「いや、ジョセフィーヌ嬢は素晴らしい娘だ。愚息には勿体ないと思っていたよ。このまま1年後に結婚してくれたらと願っていたのに、残念な結果だ。きっちりと責任は取らせる」

「父上、なぜ謝罪されるのですか?!悪いのはいじめをしたジョセフィーヌで、こちらは…」

「だまれ!!愚か者。何故お前は自分の目で真実を見ようとしないんだ。最後の機会を与えたつもりだったが、お前に王族を名乗る資格はないようだ…この場で王位継承権を剥奪する。残念だよ」

「な、なにを…父上、それはあんまりです。僕は真実の愛を得ようと…それが何故、王位継承権剥奪なのです?!待ってください、父上、離せ、無礼だろ、衛兵のくせに!!」

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