第27話 まさか、この展開は
衛兵に連行される形で、ギルフォード殿下とデミオ男爵令嬢が会場を出ていき、少し時間をおいてから予定通り卒業記念舞踏会が開催された。
ギルフォード殿下の婚約破棄と王位継承権剥奪を宣言された後だったが、混乱は少なく、概ね滞りなく舞踏会は進行された。ギルフォード殿下が退場してしまったため、ファーストダンスを急遽アルバート様と私が踊ることになった時は、少し動揺してしまったが、それでも踊り出せば呼吸をするように自然と体が動いた。
「クリス、今は笑って。舞踏会が終わったら、ちゃんと説明するから…」
不安を隠せず顔に出てしまっていたのか、私を見てアルバート様が困った様に微笑んだ。会場からは、ギルフォード殿下の王位継承権剥奪、アルバート様が王太子になるのだろう、スコット侯爵家は王妃を輩出するのか?など聞きたくない憶測まで耳に入ってきて、私の心は不安定に揺れていた。
婚約破棄、私もしますから!!と叫ぶわけにもいかず、順当にいけばアルバート様が王太子に指名されることも分かっている…分かっていたはずなのに、想像以上に拙い立場に立たされた自分に、今すぐ隣国に逃げ出したい気分でいっぱいになって、胃がキリキリと痛む気がした。
「大丈夫かい、少し顔色が悪い…何か持ってこさせようか?」
無事に踊り切り、今は会場の外へ出てきていた。会場では常に不躾な視線に晒され、いたたまれない気分になるし、もともと私は1年生で舞踏会に来る予定ではなかった。私がいない方が、皆も純粋に卒業記念舞踏会を楽しめるような気がしたのだ。
「あの、アルバート様は会場にいなくていいのですか?」
「ああ、もういる必要はないと思うよ。今頃好き勝手噂されていると思うと、なおさら戻りたくないな」
「そうですね…」
「すまない。あの場所でまさか父上が王位継承権剥奪まで宣言するとは思わなかったんだ…」
「そうですか…では婚約破棄は?」
「それは、多分すると思っていた。卒業したら1年後に婚姻が決まっていたからね。ここでしなかったら、皆の前に出る機会は少なかっただろうし…」
「皆の前でする必要がありましたか?あんな辱め、ジョセフィーヌ様が無実と分かっていても酷いです」
「何度か兄上は婚約破棄したいと提案していたそうだ。その時はジョセフィーヌ嬢に取り合われなかったらしいよ。だから今夜衆人環視の中、罪を突き付け認めさせようとしたみたいだね」
「それも、事実無根で…結果、王位継承権剥奪だなんて」
「まあ、王位継承権剥奪はこの件だけで言い渡されたものではないから。それでもロード侯爵家の娘と婚約している間は、王位継承権剥奪はロード侯爵の立場を貶めると、父上も迷っておられたんだ。結果としては兄上がロード侯爵家の娘と婚約を破棄したから、父上は兄上を切り捨てたんだ」
ロード侯爵家はこの国でも有力な侯爵家で、陛下とマックス・ロード侯爵様は魔法学園ではご友人として過ごした親交が深い人物だった。婚約した時も、大切な娘をその当時から女性関係に不安があったギルフォード殿下と婚約させることに難色を示したロード侯爵様を、陛下自ら説得した経緯があるそうだ。
つまりジョセフィーヌ様が婚約者でいる限り、ロード侯爵家が支障になり陛下は王位継承権剥奪を言い出すことが出来なかった。ところが、ギルフォード殿下自らその命綱であったジョセフィーヌ様を切り捨てた。
「そんな……それで、アルバート様はどうするのですか?」
「そうだね、私が王太子になる。それが王族としての務めだ」
「そうですか…婚約破棄は約束通りちゃんとします…それまでに王妃様に相応しい女性を探してください。王太子の婚約者として、それまでは側にいて出来る限り支えます」
「王妃に相応しい、か。そこにクリスは入ってないの?」
「私は、あくまで仮初ですし、そのようなこと考えたこともない、です」
「…そうかな?君は聖女で、救護院や孤児院にも出向き平民貴族分け隔てなく接するから国民にも人気がある。スコット侯爵家の娘で可憐な容姿。父であるスコット侯爵は王宮議会の議長で、有力な貴族…ねぇ、君以上に王妃に相応しい娘っていると思う?」
「それは、探してみないと分かりませんが、きっとアルバート様の、運命の、相手が…いらっしゃいます」
「ふーん、運命の相手ねぇ?クリスの運命の相手は、確か隣国にいるんだよね?」
「うぅ…そう、信じています…」
不穏な空気にじりじりと追い詰められたような気がして、顔がどんどん俯いていく。
「王太子として、聖女を隣国に行かすことは出来ないと言ったら?」
「え…?」
「王太子になる私が、大きな後ろ盾になるスコット侯爵家の娘をどうして手放せると思うのかな?」
心なしかアルバート様の声が低いような気がして、胃がキリキリと痛みお腹の辺りを押さえた。
「何を言っているのですか?」
「現実的な話だよ。君が婚約破棄した時に、誰を次の婚約者にするのか、だったかな?丁度私と同じ歳の君の姉はどうかな?ミランダ嬢だったかな?」
「は…?」
ぎゅっと胃がつるような痛みに、ぎゅっと腹部を押さえながらアルバート様の顔を見た。アルバート様は冷たく微笑んだまま私を見下ろしていた。
胃が限界なのか、吐き気に襲われた私は口を押えて蹲った。
「クリス?」
その症状はクズ男の拒否反応に似ていた。まさか、アルバート様がクズ男に?!パニックになった私は、苦しさのあまり、無意識に神様にお願いをしていた。
「いや、いや、ここにはいたくない」
神様、隣国に連れて行って、ミリアンナ様のところに行きたい!!
「クリス!!」
眩しい光が私を包み、アルバート様の焦った声が聞こえた。私はパニックになったまま胃の痛みと気持ち悪さに、意識が遠のいていった。
そして次に目が覚めた時、私は隣国にあるミリアンナ様の部屋のベッドの上だった。
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