第5話 婚約者になりました

 その後も、グズグズと迷う父を笑顔で黙らせて、3日後に王宮より正式に婚約者の打診が届くと、渋る父を母と二人で威圧しながら、何とか了承の手紙を書いてもらうことに成功した。

 

 ちなみに、第一王子殿下はお茶会翌日に開かれた小規模なお茶会で、ロード侯爵令嬢ジョセフィーヌ様を気に入り婚約者に指名した。

 そのお茶会には私も招かれており、わざと遅れて参加した。案内された会場に入ると、丁度ギルフォード殿下が熱心にジョセフィーヌ様の手を握り口説いているところだった。

 私はジョセフィーヌ様ににっこりっと微笑んでお祝いを言った。ジョセフィーヌ様はギルフォード殿下狙いのようで、私の言ったお祝いの言葉をそのまま否定しなかった。

「これは、その…」

 ギルフォード殿下は気まずそうに私から目を逸らしたが、事実手を握って口説いているところを目にしているし、この流れで私を見初めたとは言えないだろう。

 アルバート殿下に事前にお願いしたのは、小規模の茶会にギルフォード殿下が気になっている令嬢を数名招待して欲しいということだった。そこに私が遅れて行って、現場を目撃すれば、さすがの殿下も私を口説くことはしないだろう。所謂ハニートラップだ。女の子が大好きな殿下に好みの令嬢数名と、ギルフォード殿下とアルバート殿下のみ参加のお茶会。気が緩んでも仕方ないだろう。

「兄上、ジョセフィーヌ様に決められたのですね。おめでとうございます。実は私もクリスと婚約をしようと思っているのです」

 照れくさそうにアルバート殿下は私の手を取った。さすが腹黒、演技もバッチリだ。演技に当てられたのか、私の頬も赤く染まる。照れくさそうにアルバート殿下を見つめると、隣でギルフォード殿下が歯ぎしりをする音がした。

「そうか…体の弱い娘では、お前も苦労するだろうが、いいのではないか…」

 悔しそうにそう言い捨てて、ギルフォード殿下は退室してしまった。ジョセフィーヌ様は放置なの??

「おめでとうございます。アルバート殿下。クリスティーヌ様もおめでとうございます」

 ジョセフィーヌ様は微笑んでいるが、内心は何を思っているのかよくわからなかった。私はお礼を言ってからその会場を出た。数名の令嬢も目撃しているし、明日になれば両殿下の婚約者内定の噂も立つだろう。

「あのさ、君、8歳だよね?よくこんなこと思いついたね」

「えっと、そうですね、偶然です。そう、思い付きが上手くいって良かったです」

 一緒に会場を退室したアルバート様が、じっと私を見たが、曖昧に笑って誤魔化した。8歳プラス27歳、足せばゆうに30歳は越えていることになる。確かに8歳にハニートラップは思いつかないことかもしれない…

「まあいい。これで私は堂々と君の婚約者になれるし、兄上もこれで落ち着いてくれればいいが…」

 アルバート殿下は、年齢通り10歳だが私よりしっかりしていると思う。公務は流石にまだないが、王室が主催する行事にはしっかりと出席しているし、孤児院や救護院にも行き積極的に支援していると聞く。将来王位を継ぐに相応しい人物だと思う。

「ありがとうございます。アルバート様。どうぞ、成人するまでよろしくお願いいたします」

「ああ、クリスが私の婚約者で良かったと思うよ。敵に回すと怖そうだ」

 冗談か本気か分からないことを言いながら、ちゃんと帰りの馬車が待つ出口までエスコートをしてくれる。将来が末恐ろしいイケメンぶりである。うっかりおばさんメンタルの方がきゅんとした。 

「私もアルバート様が敵でなくて良かったと思っております」

 別れのあいさつ代わりにそう言い残して、私は馬車に乗り込んでハァーっと息を吐いた。

「10歳で、こんなにカッコいいなんて、本当勘弁して欲しい、気をつけないと…うっかり絆されたら終わり…」

 引き籠り令嬢は、イケメン耐性なんてゼロ、いやマイナスだ。いきなりアルバート様級のイケメン王子相手に冷静に婚約者を演じられるか自信がグラグラ揺れ動く。いや、自信なんて初めからない。あるのはクズ男回避のための生存本能だけだ。

「兎に角、今は無事に成人して隣国へ留学よ。それ以外は考えない」

 自分自身に言い聞かせるようにそう言って、私はアルバート様の顔を思考から追い出した。


「お嬢様、今日も殿下から贈り物が届いていましたよ。婚約してから度々素敵な贈り物を贈って来ていただいて、本当に素敵な王子殿下ですわ」

 侍女のベスが嬉しそうに花瓶に生けた薔薇の花を飾っている。忘れようとしているのに、アルバート様はそれを許さないというように、マメに贈り物が届く。今日は綺麗なピンクの薔薇の花束がメッセージと共に届けられた。

[君の瞳を思い出して、この色の薔薇を贈る]

どうしよう…10歳の少年の言葉にときめきそうだ。

 私はぶるぶると頭を振ってときめきを追い出す。このままでは8歳の私は、アルバート様に惚れてしまうかもしれない。契約的に婚約を申し出て、いずれ破棄する婚約者に惚れるなんて、そんな不毛な事あってはいけない。

「クズ男回避、今はそれだけ。煩悩は捨てるのよ…成人まで先が長いのよ…腹黒、そう彼は腹黒なのよ、騙されてはいけないわ」

 会わなければいいのだ。これ以上会って会話をしたら、うっかり、いや、確実に惚れてしまう自信があった。断固避けるべきだ。


「そう、思っていたのに…何、これ、フラグなの??」

 王家より、私宛に王子妃教育の案内が届いたのだ。

「週に3日、王子妃教育に通うこと…月に一回は王子とのお茶会って何、嫌がらせか何かかしら??」

「何をブツブツおっしゃっているのですか?王宮に通って教育を受けるのは当然だと、旦那様がおっしゃっていたではありませんか。こればっかりは仕方ないのでは?」

 ベスが綺麗にドレスを着せつけながら、鏡越しに見つめてくる。今日から王宮に週3日通うのだ。同じく王子妃となる予定のジョセフィーヌ様も一緒なのがせめてもの救いだった。お父様に体調が優れないから断れないかと掛け合ったが、こればっかりは私に甘い父でも許してくれなかったのだ。

「さあ、出来ましたよ。私も一緒に付き添います。気分が悪くなったらすぐにおっしゃってください」

 私は渋々馬車に乗って王宮へ向かった。

「もう気分的には最悪なんだけど…帰ってはいけないかしら…」

「お嬢様、冗談が過ぎますよ。まだ王宮の部屋にも着いていませんのに…」

「それくらい、気が重いのよ…どうか、ジョセフィーヌ様以外誰にも会いませんように…」


 通された王宮の部屋は、30人ぐらいが入れる会議室のような広さで女性講師一名、ジョセフィーヌ様と私。後ろにベスとジョセフィーヌ様付きの侍女が座っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る