第2話 お茶会に参加します
「お嬢様、とても可愛らしいです」
満足そうにベスが鏡の前に立つ私を見つめる。
「ありがとう、ベス。頑張ってお茶会に行けそうよ」
淡いブルーのシフォンドレスを着た私ははっきり言って可愛い。ピンク色の瞳に薄い金色の髪、引きこもりのお陰でぬけるように白い肌、バラ色の頬と唇は愛らしさを更に際立たせる。お化粧なんかしなくてもクリスティーヌは可愛らしかった。はっきり言って将来が恐ろしいほどの美少女だ。
前世の記憶を思い出してからは、度々鏡にうつる自分が可愛すぎて驚いたことが何度もあったし、トラブルにもあった。家族で公園に出かけた時、突然近づく男性の頭上に【幼女趣味】の文字を見た時の恐怖は計り知れなかった。少し手を掴まれただけで卒倒して3日間寝込んだ。父が女性の護衛を常に付けてくれていたため、攫われることはなかったが、あの時一人だったら確実に詰んでいただろう。
「あの時から、完全に引き籠ったのよね…」
あの後から家族の過保護が加速して、何をするにも護衛が付き侍女のベスも張り付いた。あまり大げさにするのも気が引けて、何も行事に参加せず部屋に閉じこもることが多くなったのだ。趣味の刺繍と読書、女性の家庭教師に勉強を見てもらいベスと家の庭を散歩する。これが私の2年間の全てだ。健全な子供時代とはお世辞にも言えないが、それなりに私は満足していた。
世間では、スコット侯爵家の末っ子はすっかり病弱な深窓の令嬢扱いで、婚約者候補はおろか、男性すら近づけないと噂されていた。実際、会うとするなら貴族の令息になるのだが、将来2人の妻を娶る予定の令息にはやはり拒否反応が少なからずあった。今回のお茶会も本来ならお断りしたかったが、自立のための第一歩だと意を決して参加を決めたのだ。
家族と一緒に馬車で王宮に向かう。向かいに座る両親は心配顔で私の様子を気にしているが、私が帰るというまではこのまま様子を見てくれるようだ。両隣に座る兄と姉もずっと私の手を握って励ましてくれている。
「大丈夫です。きっと、楽しいお茶会になるはずです」
「ええ、そう願っているわ。今日は殿下たちも参加されると聞いています。警備もきっと厳重にされていますし、きっとクリスティーヌにも素敵なお友達が出来るはずですよ」
お母様が励ますように、私にそう言った。殿下たちが参加するのは珍しいことらしく、兄も姉も少し緊張した様子で頷いている。家庭教師からこの国の王族については習っている。一番上の王子がギルバート・ディラン殿下13歳、第二王子のアルバート・ディラン殿下が10歳で第一王女のキャサリン・ディラン殿下が私と同じ8歳、第三王子のフィリップ・ディラン殿下が5歳だったはずだ。
「頑張って女の子のお友達が欲しいです」
私は今回のお茶会の目標を口にした。男の子の友達はやはり抵抗があるが、かといって友達が誰もいないボッチ人生もこの先長い人生で寂しすぎる。せめてお手紙のやり取りができる女の子の友達が欲しかった。仲良くなれば屋敷に招いてお茶会だってしたい。
「そうだね、素敵な友達が3人に出来るといいな」
お父様が子供たちの頭を順番に撫でながら、励ますようにそう言った。
馬車が間もなく停車して、王宮のお茶会が開催される庭園のすぐ近くの入り口に私たちは降りた。
「大丈夫かい?今からでも引き返してもいいんだよ?」
父が心配してそう言ってきたが、私は首を横に振って微笑んだ。
「大丈夫です。お兄様たちもいてくれます。会場の近くでお父様たちも待機してくれています。何かあったらすぐにお父様にお知らせしますから…」
「そうか、そうだな、クリスティーヌが頑張ると言っているんだから、私は信じて待つ、そうだ、待たなければ…いや、でも、心配だな……」
父の頭上では相変わらず【愛妻家、優柔不断】の文字がキラキラと輝いて見えている。さらに【子煩悩】と言う文字が増えた。どうやら頭上の文字は変化したり増えたりするようだ。
「お父様、お母様、行ってまいります。どうか信じて待っていてくださいね」
「ええ、楽しんでいらっしゃい。お父様とこちらの会場の隣の建物で待っていますからね」
まだ心配そうにしている父の腕を引いて、母が微笑んだ。隣の建物では大人同士の社交が行われるようだ。
「さあ、僕たちも会場に行こう。そろそろ開始される時刻だ」
私の手をぎゅっと握って、兄のアレンが会場へ連れて行ってくれる。隣を姉のミランダが歩いてくれる。
「大丈夫よ。何が起こっても私たちがついているからね」
「はい、お兄様、お姉様。今日はよろしくお願いします」
公園で誘拐未遂があり、3日間高熱にうなされてから兄も姉も私に対する過保護が過熱してしまっている。いくら大丈夫だと言っても、何かの拍子に男性と対峙しては寝込む私に、最早大丈夫と言う言葉は何の説得力も持たなかった。
神様が最後の私の願いを叶えてこのチートを授けてくれたとしたら、かなり迷惑なチートである。でも、一見紳士に見えて懐いていたジャン先生が浮気男だったりと、結局私は今世でも男性を見る目はないようなので、今では諦めに似た心境だ。
「ようこそお越しくださいました。こちらのお席にどうぞ」
係りの人が丁寧にテーブルまで案内してくれた。兄妹とも同じテーブルに案内されてホッとしてテーブルについた。既にほとんどの令嬢令息がテーブルにいるようで、あちこちで楽しそうな話し声が聞こえる。
「ごきげんよう。スコット侯爵家のアレン様、ミランダ様。もしかしてそちらは妹のクリスティーヌ様でしょうか?はじめまして、ロード侯爵家のジョセフィーヌと申します。以後よろしくお願いいたします」
向かいのテーブル席に座っていた、私より上、お兄様ぐらいの年齢の女性が自己紹介をしてくれた。私は慌てて立ち上がり淑女の礼をして微笑んだ。
「はじめまして、スコット侯爵家の末の娘のクリスティーヌと申します。以後よろしくお願いいたします」
テーブルは8人掛けで、私たち以外3名の令嬢と2名の令息が座っていた。皆優しそうな人達で、それぞれに自己紹介をしてくれた。令息の頭上にはキラキラと文字が浮かんでいたが、【妻は二人平等に、気が弱い】や【妻は一人、愛人一人、甘えん坊】など少し吐き気がする程度で済んでいた。
「大丈夫?気分がすぐれなかったらすぐに言うのよ」
「はい、ありがとうお姉様」
「やはりクリスティーヌ様は噂通りお身体が弱いのですね。体調が悪くなれば遠慮なく申し出てくださいね」
先ほど挨拶してくれたジョセフィーヌ様が、心配そうに聞いてきたので曖昧に微笑んでお礼を言った。身体が弱い、そう言っていいのかどうか…
「ありがとうございます、ジョセフィーヌ様」
「噂通りとても可愛らしいですわ。スコット侯爵様が大切にし過ぎて隠してしまわれている、というのも頷けますわ」
ジョセフィーヌ様からそんなことを言われ、3兄妹は曖昧に微笑んだ。確かにずっと家から出ない体の弱い末娘のことが噂になっていたようで、先ほどからチラチラとこちらを窺がう視線がある。
「視線は気にしなくていい。いつも通りクリスティーヌは笑っていてくれたら、後は僕たちが相手をするから」
お兄様が優しく囁いてくれたので、私は小さく頷いた。
少しすると会場内がざわつき始めた。どうやら王家の子供たちが入場してきたようだ。
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