第8話 属性判定が虹色に

「遅かったですわ。何かありましたの?」

 教室に入ると、窓際の席に座っているキャサリン様が声をかけてきた。

「遅くなってごめんなさい。丁度来る時にギルフォード殿下に会ってしまって…」

「もしかしてお兄様は例の女生徒と一緒だったかしら?」

 私は無言でコクリと頷いた。キャサリン様はげんなり顔でため息をついた。

「これ以上は駄目だと、お父様からも言われているのに、まだ現実が見えていませんわ。3つ下の弟が優秀だという現実を見ず、いまだに自分が王太子に相応しいと思って好き勝手しているなんて…」

 お父様、つまり国王陛下もこのことを注意しているのだろう。このままでは本当に廃嫡されてしまうかもしれない。教室でする会話ではないが、キャサリン様が事前に防音魔法を張ったのを確認したので、安心して会話をしているが、さすがに同意していいか迷って曖昧に微笑んだ。

「アル兄様が王太子になると言ってくれればいいのに、まだギル兄様に遠慮して行動してくれないし、本当に不満だらけよ」

「え?もしかして、この話ってアルバート様が受ければ、王太子になるってこと??」

「あら、知らなかったの?アル兄様がこの学園に入学する頃に、一度お父様から打診があったはずなんだけど。ギル兄様は知らないから、内緒にしてね」

「聞いてない…でも、どうして受けなかったの?」

「たぶんクリスが気にするからよ。ギル兄様に遠慮しているのもあるけど、王太子の婚約者ということは、結婚したら王妃ってことでしょう?つまり、クリスが王妃になるってことよ」

「ええっ無理!絶対に無理…」

「まあ、そんな反応だろうと察しがつくから、アル兄様も返事を保留にしているんじゃないかしら?」

「いや、でも、一国の王の判断を私の反応を気にして保留にするなんて、そんなこと、ないでしょ…」

「いや、あるでしょ?だって…う~ん。まあいいわ。まあ、そういうことで、我が家は今、緊張感に満ちているのよ。本当、何とかして欲しいわ」

「そうなのね…我が家って王家を言うのか分からないけど、大変そうなのは分かった」

「他人事みたいに言っているけど、実際アル兄様が立太子される可能性は高いのよ。クリスは大丈夫なの?」

「大丈夫、ではないわね…ハハハ」

 ただし、この婚約は私が16歳になれば破棄される。キャサリン様にも言えてないが、そういう約束なのだ。つまり、アルバート様が立太子されても私には関係なくなる。ただ、第二王子との婚約破棄より、王太子との婚約破棄の方が明らかに醜聞が悪くなりそうだと、ちょっと気が重くなった。

「まあいいわ。兎に角、これ以上面倒ごとにならないことを祈るわ」

 なんだかフラグが立ったようなセリフを言って、キャサリン様が立ち上がった。

「え?どこに行くの?」

「あら、黒板に書いてあるのを読んでないの?今から魔力判定があるのよ」

「あ、そういえば、手紙にも書いてあったわね。一回小さい頃にしたような気がするんだけど?」

「小さい頃は曖昧な判定になるそうよ。学園では魔力別の授業もあるから、今持っている属性を正確に判断してから、選択授業を取るそうよ」

「なるほど、それで選択授業の申請がまだだったのね…」

「そうよ、一緒の属性だと同じ授業が取れるんだけどね、王家の属性は個性があるからねぇ」

「個性?」

「そう、水属性ではなく氷の方が得意とか、火より雷の方が得意とかかしら?レアなのは光属性と闇属性ね。王族の中ではあまりいないけれど」

 話しながら廊下を歩いていると、大きな扉の前でみんなが列を作って並んでいた。どうやら順番待ちのようだ。今日はこれが終わった後に、選択授業を申請したら各自帰宅していいらしい。

「次の生徒は入室を」

 係りの人に促され、私は暗い部屋に入室した。目の前には大きな水晶が置いてあった。確かここに魔力を流すはずだ。4歳の時に祖母に連れられて神殿で判定を受けたような記憶がある。

「では、水晶の上に手を乗せて、軽く魔力を流してください」

 ヒンヤリとした水晶に右手を置き、私はゆっくり魔力を流した。4歳の時は、確か水属性だと言われたような?水晶はキラキラと虹色に輝いた…水属性?

「にじいろ…光属性の聖女…です」

 係りの人が、ビックリしたように私を見た。

「聖女って、あの聖女??」

 まさか、そんなはずは…私は確認のためもう一度水晶に魔力を流したが、何度やっても水晶は虹色に輝いた。まさかこれも前世を思い出したチート的なものだろうか…まだ3回のお願いは使ってないはずなんだけど…今更なかったことには、どうしよう。使うタイミングがわからない。それにあれは都合のいい夢かもしれないし。


 迷っている間に、私は学長室に連れて行かれ、隣にはアルバート様が座っていた。なんで??

「学園始まって以来なのです。聖女様が降臨されるのは」

 興奮を隠しきれず、鼻息荒く学園長がそう言った。頭上には【妻は二人、思い込み強め、長いものに巻かれる】という文字がキラキラと見えている。

 光属性は白色、闇属性は黒色、水属性は青色、火属性は赤色、土属性は茶色、風属性は緑色なのだと説明を受け、虹色に光るのは聖女の色だと力説された。何故かアルバート様が呼ばれ、学園長を交えてもう一度水晶に魔力を流してみたが、やはり水晶は虹色に輝き続けてしまった。ああ、無かったことにしたい。

「それで、私の婚約者が聖女で、何か問題があるのですか?」

「あ、いえいえ、そういうわけではございません。過去の文献にも聖女様が王家に嫁がれた記録がございますし、聖女様が現れた国は神にも祝福を受けると書かれていました。この国に聖女様が現れたのはとても素晴らしいことなのです」

 それって、この国を出ていくのが難しくなるんじゃ…??隣国に留学して運命の相手を見つけるはずなのに…

「クリス…」

 絶望が伝わったのか、アルバート様が励ますように右手を握ってくれる。温かい手に心が落ち着く。

「それで、クリスティーヌは聖女であるとして、この学園で特別扱いなどするようなことはない、ですよね?」

「あ、え、ええ、そうですね。一生徒として聖女様を扱わせて、いただきます…」

「私を聖女様と呼ぶのはやめていただけませんか?一生徒なのですよね?」

「ですが、魔法学園でも貴重な聖女様を…」

「一生徒を特別視する呼び方はおかしいのではないでしょうか?」

 アルバート様が少し声を低くして聞き返す。

「…そうですな。そうですとも。聖女と…いや、えーっとスコット嬢です」

 アルバート様が満足そうに頷いた。学園長が、長いものに巻かれる性格で良かった。

「今後、混乱を招く可能性も考慮して、彼女が聖女であると公表するのは待っていただきたい。光属性ということにしていただきたいのですが」

「え、っと、ですね。そうですね。わかりました」

 ここにアルバート様がいてくれて良かった。私なら、学園長に言われたことに反対など出来なかったはずだ。

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