第45話 お話をしましょう
「ま、マズくはなかったぞ。ただ少し火が通り過ぎたり、固かったりしただけで、僕の胃が弱いのが悪いのだ」
「で、殿下…それは…」
もじもじイチャイチャとしだした二人に、私たちの方が照れてしまう。
「何を見せられているのかしらね、私たち」
「あはは…」
ミリアンナ様がまたジト目で二人を見ている。真実の愛を見つけた殿下。何もかも失った殿下に寄り添うシャーロット様。10年間痛みに耐え続け、廃嫡されたギルフォード殿下も十分代償は払ったように思う。これからは呪いから解放されて、ギルフォード殿下自身の人生を歩んで欲しい。
「用事も済んだことだし帰りましょうか?このままだと、アルバート殿下が殴り込みに来てしま…う」
帰る支度をして、二人に帰ることを伝えようとした時、突然バンっと扉が爆発して、兵士たちが雪崩れ込んで来た。先頭に立つのはアルバート様だ。
「クリス!無事か⁈」
「マズいわね…アルバート殿下の目、殺る気だわ…」
「ミ、ミリアンナ様、そんなこと言わずに、どうしましょう⁈」
「仕方ないわね、まあここは年上の私が何とか収めましょう」
アルバート様が、ギルフォード殿下に剣を突き付けている…早くしないと、本当に殺されてしまう。ギルフォード殿下は後ろにシャーロット様を庇い、アルバート様を見つめている。
「あら、どうしたのですか?アルバート殿下。いきなり現れて剣を抜くとは、無粋ですわ。私たち、シャーロット様にお茶会に誘われてここにいますのよ」
「お茶…会だと?こんな廃れた場所でか?」
「ほほほ、お茶さえ出てくれば、どこであろうとお茶会は出来ますわ。ほら、そこにお茶のセットがありますでしょう?」
ミリアンナ様が指差した方には、念のためにと言い訳できる程度に、急遽用意した古びたティーカップ4客とポットが置かれていた。お湯は用意できなかったので、水を入れて茶葉も入れてあるが実際に飲めるかは、この際気にしていなかった。
「本当に?」
アルバート様が私を見たので、私はコクコクと頷いた。
「本当ですか、兄上」
「……ああ、そうだ。目覚めたクリスティーヌに詫びるため、シャーロットが席を設けてくれた、……急ですまなかった」
アルバート様はチラリとシャーロット様を見てから、周りの兵士に撤退の指示をした。信じてはいないが、危険がないと判断したようだ。
「兄上も、離宮を出ることは今後しないで下さい。次は反意有りと判断して、処罰が下されますよ」
「ああ、二度と出ない。アルバート、10年前は本当にすまなかった。愛するものを奪ったのだ、殺されても仕方ないのは分かっている。だが、僕も死ねない理由が出来た。今後は離宮で大人しくしている」
「くっ…あなたを許すことは出来ません!ですが、離宮に大人しくいる間は殺しませんよ。クリスもそれは望まないでしょうし…」
私を抱き寄せながら、アルバート様はギルフォード殿下から背を向けた。10年間眠り続ける私を見守り続けたアルバート様に、許せない気持ちがあるのは仕方ないし、私もやはり許すとは言えなかった。
「では、兵士に離宮まで送らせます。シャーロット嬢もそのまま兄上について行くのだな?」
「はい、私は一生殿下にお仕えします。どうかお許しくださいませ」
「分かった。兄上を頼んだ」
アルバート様は私を連れて屋敷の外へ出た。ミリアンナ様も後ろをついて来る。
「アルバート様、勝手をしてすみませんでした」
「……」
アルバート様は無言のまま私を馬車に乗せた。ミリアンナ様は兵士に馬を借りて、騎乗で帰ると言い張った。
「無理よ、こんな雰囲気の馬車に一緒に乗るなんて、寿命が縮んでしまうわ…」
颯爽と馬を乗りこなし、ミリアンナ様は早々に王宮に向けて駆けだした。慌てて兵士が護衛の為に追いかけるているのが見えた。
「裏切り者…」
「何か言ったか?」
「いえ、あの、本当に勝手をしてすみませ…んで…っ」
もう一度謝罪をしようと座席から身を乗り出そうとしたら、強い力でアルバート様に抱きしめられた。
「クリスがいなくなったと聞いた時、私はどうにかなりそうだった。やっと目を開けた君が、私の前からいなくなったら、私はこの国を滅ぼしてしまうかもしれない」
「アルバート様」
それは怖いです。
「お願いだ。私を置いて行かないでくれ」
抱きしめながらも、小さく震えているアルバート様の背中を、労わる様に私は抱きしめ返した。
「ごめんなさい。心配を掛けて、ごめんなさい、いなくなりませんから、絶対に」
不安そうに見つめるアルバート様に、私は落ち着かせるように微笑んだ。
「クリス、愛している。私の気持ちを受け止めて欲しい、不安でどうにかなりそうなんだ」
「私も、愛しています」
「では、すぐに結婚してほしい、ずっと私の目の届くところにいて欲しい。私だけを見て、他の者は見つめないで…」
「ま、待ってください。私はまだ15歳です。結婚は18歳からです」
「戸籍上は25歳だ。問題はないだろう?」
「確かにそうかもしれませんが、こんな幼い25歳はいません!それにまだ学園も卒業していません……」
「学園には行かせたくない。君が他の男たちの目にとまるのを許せそうにない…」
「アルバート様、それは私を信じられないと言っているのですか?男性がいたら私が浮気するとでも?」
「ち、違う!君に男性が皆惚れてしまうんだ。だから、誰にも見せたくないんだ……」
「それは無理です。アルバート様、ちゃんと私を見てください。あなたと共に歩むと決めたのですから、いずれは王太子妃になり、ゆくゆくは王妃になるのです。誰にも会わないなんて不可能です」
「…だって、不安なんだ…」
しょぼんとした様子でこちらを見たアルバート様は、捨てられた小犬のような眼差しだった。現在12歳年上のはずだが、今は頼りなげな雰囲気で、こちらが悪いことをしてしまった気になる。
「もう、そんな可愛い顔をしてもダメです。私は守られるだけ、隠されるだけの王妃にはなりたくありません。ちゃんとあなたの隣に堂々と並び立ちたいのです」
「クリス…」
「だから信じて待っていてください」
結局4年も待てないと駄々をこねるアルバート様から、18歳で結婚するまでの間、学園に通う許可が出たのはその日の深夜になってからだった。卒業はできないが、今はそれだけでも満足だ。
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