第43話 攫われてしまいました
「ほうほう、任せておくのじゃ。聖女のいる間は平和な世なのじゃ」
神様はそう言って姿を消した。去り際に派手に神殿を虹色に輝かせる演出つきだったため、帰る頃には神官たちが遠巻きに私たちを畏怖の目で見ていた。この先彼らが私たちに何か言ってくることはないだろう。何事も、触らぬ神に祟りなしなのである。
「ところでクリス。街の様子を見て何か気づきました?」
帰りの馬車の中で、ミリアンナ様がソワソワしながら聞いてきた。
「もしかして、この国の男性のことですか?マッタン王国の時みたいに、気持ち悪くならなかったです」
「そうよ、この10年、アルバート殿下はクリスの為に頑張っていたわ」
私が眠りについた日、アルバート様の誕生日に一夫一妻制が制定された。正式な施行は1年後だと言っていたから、今はディラン国も制定以降の貴族は一夫一妻制で婚姻していることになる。
「マッタン王国の制度をモデルにして、こちらから文官を派遣したりしたの。あと私が王太子妃になった時に、マッタン王国で二ホンの小学校の様に、平民の子供が無料で通える学校を作ったんだけど、ディラン国にも同じものをアルバート殿下が作ったのよ」
「平民の無料の学校を?」
「そうよ、クリスが孤児院で言っていたのでしょう?平民が行ける学校があったらって」
そういえば、孤児院で字を教えていた時にそんなことを言ったかもしれない。二ホンでは小学校中学校が義務教育だったせいか、平民の子供たちが文字すら習えないこの国をどうにかして欲しいと思っていた。
「そんな何気なく言った言葉を?」
「それだけアルバート殿下は、クリスが目覚めた時に住みやすい、いい国にしたかったんじゃないかしら?愛されているわね」
10年眠っている間、アルバート様が制度を整え、子供たちの為にも動いてくれた。
「すごく嬉しいです。王宮に着いたら、アルバート様と沢山おしゃべりがしたいです」
「そうね、是非そうして。アルバート殿下の10年を沢山聞いて欲しいわ。そうしたら、もしかしたらヤンデレ×2が、普通のヤンデレに戻るかもしれないわ」
「そうですね。10年待っていてくれたアルバート様に、ちゃんとお礼がいいたいですし、ちゃんと向き合いたいです」
「そう、それがいい、と思うんだけど、この馬車って王宮に帰るのよね?どんどん街を離れている気がするんだけど…」
ミリアンナ様が不安そうに馬車の窓を覗いた。私も慌てて外を見たけど、確かに王宮からは離れて行っているように見えた。
「護衛は?神殿を囲んでいたわよね?」
「あの兵は、流石に一緒に移動できないので別行動です。確か騎乗で3名ほど馬車の周りを囲んで移動を…いませんね……ええっ⁈」
馬車の周りには、護衛の人がいるようには見えなかった。馬車もかなりの速さで進んでいるので、いきなり飛び降りるのは無理そうだ。
「どうやらこれはヤバいわね…誰か知らないけど、誘拐されたのかしら?」
「ゆ、誘拐…どうして?」
「心当たりが多いから、誰かは分からないわね…まあ、すぐに殺す気なら、ここまで連れてくる必要はなかったと思うから、様子を見るしかないわね」
ミリアンナ様は溜息をつくと、馬車の椅子に深く座り直した。
「落ち着いていますね」
「ふふ、この10年マッタン王国でいろいろあったのよ。聖女になったとはいえ、隣国の男爵令嬢の私を王太子妃にするのを反対する貴族も多くてね、誘拐や脅迫、嫌がらせはよくあったのよ」
「そうでしたか、それは大変でしたね…」
「ふふふ、でもね、ぜんぶオリバー様が黙らせたのよ。助けてくれたし、皆に私への愛情を示して、最後には皆が納得するようにしてくれたわ。勿論私も頑張ったけどね」
「愛されていますね」
「そうね、だからこのまま殺されるわけにはいかないのよ。私がこの国で殺されたら、きっとオリバー様がこの国を滅ぼしそうだわ。それに、クリスに何かあればアルバート殿下が、今度こそ駄目になってしまいそうよ。10年耐えて、やっとクリスと幸せになれるところなんだからね」
「そうですね。何とか無事に帰りましょう!」
馬車はかなりの距離を移動して、森の中の古びた屋敷で止まった。誰かが馬車の扉を開こうとしている。
「降りていただけますか」
女性の声だった。どこかで聞いたことがあるような、ないような…?
「…もしかして、あなた、シャーロット様ですか?」
卒業記念舞踏会で、ギルフォード殿下の恋人として一緒に断罪された、デミオ男爵家の令嬢。10年経ったため、あの時の可愛らしい雰囲気ではなく、綺麗な大人の女性だ。確か転校してきた時3年生だったので、2歳年上の27歳?
「いきなり攫ってしまい申し訳ありません。どうか私について一緒に来ていただけませんか?」
「あら、いきなりナイフを向けるなんて失礼な方ね。確かあなた私がいなくなってからのギルフォード殿下の恋人役の娘よね?初めましてだけど、あなた、アルバート殿下の間者じゃなかったかしら?」
「かんじゃ??」
「そ、それは、今は違います。私が今お仕えしているのは…兎に角、一緒に来ていただきたいのです」
「ふん、来ていただきたいっていいながら、ナイフを向けているなんて、ちょっと暴力的ね」
「ミ、ミリアンナ様、挑発しないで下さい。何か事情が有るみたいですし…」
「もう、お人好しだわ。理不尽なことをしているのは相手なのに…わかったわよ、ついて行くわ」
私たちは、シャーロット様の前をゆっくりと歩き屋敷の中へ入った。部屋の中の家具には白い布が掛かっていて、埃っぽい匂いがするので、きっと今は使われていない屋敷なのだろう。促されるままに廊下を進み、一番奥の部屋の中へ入った。
「どうした、シャーロット?お客さんかな?」
部屋の奥のソファーに座っている人物が、こちらに気づいて振り向いた。
「ギルフォード殿下?」
そこにはあの時よりも疲れた様子のギルフォード殿下の姿があった。髪は金髪ではなく、白髪に近い色で、綺麗な青い目はそのままだ。
「クリスティーヌ、と…もしかしてミリアンナ?どうしてここに?」
「殿下がここへ来させたのではないのですね?」
ミリアンナ様が慎重に確認する。ギルフォード殿下がパッとシャーロット様を見た。
「も、申し訳ございません。私の一存で、お二人をここへ連れてきました」
「どうしてそんなことを?」
ギルフォード殿下が、驚いてシャーロット様に聞いているので、やはり殿下の意図したものではないようだ。シャーロット様は悲しそうにギルフォード殿下を見た。
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