第16話 怖すぎると笑ってしまうようです
「そうそう、君は私のものだ、一生この部屋から出さないって微笑むの。心中もそうよ、短剣で胸を刺されて、アルバート殿下がヒロインを大切に抱きしめながら一緒に崖から落ちるの…スチルは綺麗だったけど、現実でされたらただの殺人事件、無理心中よね。だから、一応バッドエンドとして扱われているのよ」
「ははは…それって回避できるのですか…」
思わず乾いた笑いが出てくる。いや、笑いたいわけではないんだけど、笑うしかないような…
「う~~ん、そうね、大抵は信頼度が落ちなければ大丈夫なんだけど、ゲーム上は相手の感情が画面で見えるから、そうなる前に回避できるけど、現実では見えないしねぇ…」
ヤンデレ化…つまり今日、アルバート様にヤンデレ要素が発現したということで間違いないだろう…この場合、ヒロインではなく私がアルバート様を避けた結果、信頼度が下がってヤンデレ化したということでいいのだろうか…愛する人ではなくても、婚約者の私に避けられ不安になった、そういうことかな?
「私もこのまま行くと、よくわからないままバッドエンドになりそうだから、逃げるが勝ちって心境なのよ。あと少しはここにいるけど、16歳になったらすぐに留学するわ。聞きたいことがあったら早めに言ってね。全部がゲーム通りではないから、あくまで参考程度だけれど」
「いえ、助かります。ミリアンナ様もどうか頑張ってバッドエンドを回避してください」
「ええ、今日話せてすっきりしたわ。ずっと一人で戦ってきたと思っていたから…」
「私も話せて良かったです」
ガッチリと最後に握手をして別れた。今日話さなかったら、ずっとミリアンナ様が何を考えて行動していたか理解できなかっただろう。話せて良かった、そう、良かったけれど不安要素が増えたのも事実だった。
ゲーム上、私の名前は出てこなかったとミリアンナ様は言っていた。つまり、友人A以下のモブ的なもの。そのモブがメインキャラクターの攻略対象の婚約者で聖女…不安しかない。
屋敷に着くと、すでにお父様が帰宅していた。思いのほか話が盛り上がって、時間が経っていたようだ。
「おかえり、クリスティーヌ。今日、アルバート様に聞いたんだが、街の見学に行きたいんだって?」
「え?街の見学って…」
「違うのかい?街の様子を見たことがないお前を心配して、アルバート様が付き添いを申し出てくれたよ」
「ああ、そうでした、そのようなことをおっしゃっていました…」
「私からも是非お願いしますと言っておいた。日程は殿下が調整してくださるそうだ。楽しんできなさい」
「はい、ありがとうございます。お父様」
今日アルバート様が言っていたのを思い出し頷いた。お父様の許可がいると言ったから、早速許可を取ってくれたのだ。嬉しい思いと一緒に、背筋がぞくっとした。じわじわと逃げ道を塞がれたような息苦しさで、心臓がどくどくと嫌な音で騒いでいる。
「大丈夫、ヤンデレも個性…きっと、クズ男じゃないわ、だって気持ち悪くないし、吐き気もしなかったもの…」
自分に言い聞かせるように、声に出して呪文のように何度も繰り返し、不安な気持ちを落ち着かせた。
それからは、アルバート様を避けることはせず、普段通りに過ごしていた。相変わらず頭上にはキラキラと【誠実、腹黒、ヤンデレ】の文字が輝いていたが、不思議と寒気も吐き気もしなかった。
恋心もヤンデレの文字が目に入るたび、フッと笑いが込み上げてきて、いい感じで傾くことはなかった。
「クリスは最近よく私を見て笑うよね?何かしたかな??」
「いえ、そんなことは、ないです。フフフ…」
真面目なアルバート様がヤンデレ…そのアンバランスさが妙に笑いのツボに入ってしまったようだ。
「君が笑ってくれるなら、嬉しいから理由はなんでもいいけど」
「え…」
「可愛いから、笑っていて欲しいと言ったんだよ」
「ええ、??」
ヤンデレ化したアルバート様は、何故か甘々の雰囲気で私が照れるのも気にせず、会えばずっとこんな調子で可愛い、綺麗だと言ってくるようになった。まるで浮気を隠したい彼氏が機嫌を取るような?
「ねえ、たぶん今クリスが考えていることは違うよ。眉間にシワを寄せているのも可愛いけどね。私が君に言ったことは本心だからね」
「それは、どういう心境ですか?契約だからといって、褒めるのは義務だとか?」
「う~ん、そうくるか。確かにそういう契約をしたけどね、人間というのは日々変化する生き物なんだよ」
「変化ですか?」
「そう、心境の変化。人が育つように感情も育つ、契約がきっかけで出会ってから5年だ、十分変化があってもいい時間だと思うよ」
確かにアルバート様の頭上に【ヤンデレ】が増えた。それを心境の変化だと言っている??
「クリスにはまだ早かったかな?きっと今思っているのも違う気がするよ。それで、街に行く日程なんだけど、次の休日はどうかな?」
「はい、許可は出ているのでいつでも大丈夫です」
「じゃあ、お昼前に迎えに行くよ。ランチを一緒に食べよう。その後街を見て回る、どうかな?」
「はい、嬉しいです。ずっと引き籠っていたので、街に行くのは小さい頃以来、本当に久しぶりです」
5歳で前世を思い出しチートが発動してから、ほとんどの男性が恐怖の対象となってしまい、男性が沢山いる街へ出かけることが出来なくなった。8年経ち、今はチートの効果はあっても慣れたのか、多少のことは我慢できるようになっていた。
これも一種の心境の変化かもしれない。男性が女性を求めるのは生物上仕方ないこと、種の保存は大事。浮気も癖のようなもの、清廉潔白を求めるのはエゴ、女性だって清廉潔白でない人もいる、お互い様だ。
そう、諦めという名の大人の階段を登ったのだ。純粋な子供の私が震え怯えていた男性は、一般的な男性であれば誰でも何かしらの性癖、性格があって、キラキラと文字が見えるという仕方のない現実を受け入れたのだ。
そして約束した日、昼前にアルバート様が馬車で迎えに来てくれた。
「無理はしなくていいからね。気分が悪くなったらすぐに帰っていい。遠慮せずに言って欲しい、街にはいつでも行けるから、何度でも付き合うからね」
「はい、ありがとうございます。アルバート様…」
大好きです。声に出さず、そっと心の中で呟いた。避けることをしなくなって、私は自分の心を秘かに受け入ることにした。否定すればするほど心が苦しいだけで、結局どうしたってこの気持ちを止めることは出来なかった。それならば、素直に認めてしまった方が気持ち的にも楽だった。
「クリス、今の顔、めちゃくちゃ可愛かったんだけど、何を考えていたの?」
「えっと、それは秘密です」
本人には決して言えない気持ちですから…
「ふーん、そうか…」
馬車は街の大きな通りを抜けたところで停車した。
「さあ、まずは食事にしよう。食べ終わったら、歩いて街を見て回ろう」
決して大きくない隠れ家的なレストランの2階の個室で、私たちはシェフ自慢のランチコースを堪能した。引き籠り過ぎて外食もしたことがなかった私は、ドキドキしながら美味しい食事を楽しんだ。
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