第9話
アマビエの、マントのように身体を覆っている長い髪。真珠やオパールのようにきらきら輝くそれの、ちょうど陰になっている部分のウロコが、何ヶ所か赤っぽく錆びたようになって濁っていた。色がおかしいだけでなく、いくらか抜け落ちているのか生え方もまばらだ。
「これどうしたの!? ケガ!?」
『きゅうぅ……』
「え、違うの? でも君って」
さすがに焦って問いただしたら、相手は悲しそうに鳴いてふるふる、と頭を振ってみせる。どういうことかと困惑していたら、脇からキャロルが補足してくれた。
「そうなの、ケガじゃないらしいわ。それにメルはあなたにしていたみたいに、他人のケガや痛みを癒せるけれど、自分自身にその力を使うことはできないの」
彼女が言うには、アマビエとの出会いはおよそ一週間前。王都からキルシュハイムへ来る途中、近くを流れている川の浅瀬でうろうろしていたところを保護したらしい。ウロコの濁りと剥落はその時点で始まっていたのだそうで、
「今すぐ命にかかわるわけではなさそうだけど、どうやって治したらいいのかがわからないの。薬は一応効くけどすごく痛がるし、嫌がって逃げるから毎回大変で……」
「ああ、今さっき追いかけっこしてたのってそういうことですか」
合点がいって頷きながら、毎度爆走鬼ごっこになるのは滞在の目的を考えるとまずいのではなかろうか、と思ってしまうエレノアだ。この人の養生のために来てるんじゃなかったっけ、今回。
その辺りが顔に出ていたのか、今度はそばでやり取りを聞いていたロビンが口を開いた。相変わらず穏やかかつ丁寧な調子で、
「お嬢様ご本人と私以外の同行者に、メルさんの姿が見えていないことから、どうやら妖精や精霊に近い存在らしいと推測いたしました。そういった情報に詳しそうな方を探したところ、近頃キルシュハイムの不思議な現象を的確なアドバイスで解決している方がおられると知り、ぜひ見解を伺いたいとおっしゃいまして。
ちなみに先日、子爵ご夫妻にお渡しした贈り物ですが、メルさんの御髪を少々使わせていただいておりました」
「……えっ!? あのゲーミング、じゃない、虹色に光ってるカツラとつけまつげ!? なんで!?」
「本当に人外の存在を認識できる方かどうか、噂だけでは確証が得られなかったので、私がご提案いたしました。ああ、もちろん提供元のメルさんにも了承を得ておりますよ」
『きゅっ』
「いやその、無理やり切ったとは思ってませんけど……あれのおかげでわたしの家、一部の人が笑いすぎて死にかけましたよ??」
「おや、それは申し訳ございませんでした。念には念を入れたほうがよろしいかと思いまして」
「それはまあそうなんですけど!!」
おのれ、このお兄さん愉快犯で確信犯か! 真面目に見えて実はお茶目さんなんだな、そうなんだな!?
いっそのこととことん問い詰めてやりたいが、その間にどんどん話が本筋から逸れていきそうだ。今一番大事なのはアマビエさんの健康状態! と肝に銘じて、咳払いして仕切り直す。
「ごほん! ……なるほど、お話は分かりました。せっかく頼ってもらったんです、わたしが知っている限りのことをお話ししましょう。
まず先ほどから申し上げていますとおり、この子はアマビエといいます。本来は海に棲んでいる、お二人がおっしゃったように妖精や精霊に近い存在ですね」
前世では新型ウイルスの感染症が流行した際、日本海ならぬネットの海に彗星のごとく現れて話題をかっさらったが、あれは元々この子たちが持っている逸話に由来するものだ。
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