第二章:とある竜の狂詩曲

第11話




 とある晴れた昼下がり。

 「あなた、セドリックから手紙が届いていますよ。ご覧になります?」

 「おお、読むとも。あいつもマメだなぁ、毎月毎月」

 敷地も邸も規模は小さめながら、主夫妻の意向を反映してどこもかしこもきっちりと、勿論予算の範囲内で整えられているリースフェルト子爵邸。その居間にて、現当主たるダドリー卿はめずらしく相好を崩していた。理由は言うまでもないが、王都の全寮制学院に在籍している倅のことだ。

 「再来月にはもう十八か、早いもんだな。勉学に熱心なのは良いことだし友人も多いようだが、そろそろ社交に興味を持ってくれんものか」

 「あの子は根っから奥手ですもの。それこそ子どもの頃から周りは同性のお友達ばかりで、それに加えて動物と過ごす時間が好きで、お勉強の時間よりも長かったくらいで……人付き合いに関しても、昨今はどこの御子息もそのようなものと聞きますよ。何せ王太子殿下ですらご婚約なさらないご時世ですし」

 「……あー、そうだな、そうだった。全く、嘆かわしい世の中になったもんだ」

 それこそ一人息子と同い年で、学院の同期生でもあるという次期国王の風聞を思い出し、再びしかめっ面に戻って鼻を鳴らすダドリーである。

 王侯貴族の血統は、国を支え守るためにこそあるものだ。次代に繋いでいくため、然るべき婚姻がこの上なく重要なのは歴然たる事実。もうじき成人を迎えるとはいえ、まだまだ若い殿下にはよく分かっていないらしいが。

 「根回しはしてあるんだ、セディにもきちんとした相手を見繕ってやらんとな。……それはそれとして、問題はあいつだぞ。今日も今日とて遊びほうけおって」

 「全くです。まあ侯爵家からのお招きですから、少なくとも妙なところに出入りする可能背は低いですけれど」

 「あんまり連日引っ張り出されても困るんだがな……エレノアのやつ、あちらのご令嬢にまで変な話をしとらんだろうな……?」

 これまた今日も今日とて、シーナをお供に朝一番で出かけてしまった姪っ子の顔を思い浮かべて、夫婦そろって重いため息をつく。まったく、何であやつはああでこうなのか。

 実の弟が細君共々事故死して、母方の親戚が既にいなかったがために渋々引き取ったのがエレノアだ。血のつながりは一応あるし、いきなり両親がいなくなるという境遇に哀れを覚えないこともなかった。がしかし、邸にやってきた彼女は、そんな情緒を木っ端微塵にするほどの破天荒だったのだ。

 あるときは猫のごとく、誰もいない部屋の隅をじーっと見つめ続け。あるときはほぼ使っていない書庫に籠って、片っ端から本を紐解き。またあるときは勝手に外に出て、街の衆の困りごとに首を突っ込んで回り……おおよそ貴族の令嬢らしからぬ振る舞いに、何度頭を抱えたことか。

 「確かにあれの父親もそうだった、そうだったが! なんでわざわざ世間一般の枠からあえてはみ出す方向に行くのか……!!」

 「ええもう、あなたのお血筋とは到底思えませんわね……しょっちゅう遊びに呼んでくださってるのだし、侯爵家のご令嬢に影響されて、どうにか軌道修正してくれないかしら」

 「あいつがそんなしおらしいことをすると思うか? もうキッパリあきらめて、ゆかりのある修道院に入れた方が早いかもしれん……」

 「ダメに決まっているでしょう!! 預かった姪にろくに教育も施さず修道院に丸投げしたって、世間様に後ろ指を指されますよ!?

 第一、セディはあの子を本当に可愛がってるんです! 黙って余所にやったりしたら何て言うか……!!」

 「う゛っ、……そうか、そうだったなぁ……」

 ダドリーとしては一番妥当なところだと思っての発言だったのだが、速攻でパニスティに却下されて身を縮める。そうだった、何よりも大切な我が子が、それと同じかもしかしたらそれ以上に大事にしているのが、何の因果かあの姪っ子なのである。

 本当に人生ままならない、とそろって深々とため息をつく当主夫妻。……蛇足だが、そんな彼らの頭部と目元は、本日も実に華麗にきらきらと輝いていたりした。



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