第12話




 一方その頃、同じ街の別の場所では。

 「メルさーん、こっちこっちー」

 『きゅー!』

 「あははっ、上手上手! 今度はこっちよっ」

 今日も白亜の壁がまぶしい、エルダーウッド家の白樺邸。広大な前庭園の中でも、今最もバラの盛りを迎えている場所に、三人……いや、二人と一匹分の歓声が響いていた。

 『うっきゅー!』

 「よし上手! すっかり得意になりましたねぇ、水球」

 「ほとんど毎日相手をしてもらってたものね。薬を塗るより痛くないし、何より楽しいから負担にならないし、良いことづくめだわ」

 「そう言ってもらえて何よりです。ウロコの濁りも大分良くなりましたよね、よかった」

 『きゅうっ』

 口々に言い交す女の子たちに応えて、ボールを投げ返しつつ元気よく噴水から飛び出してきたのは、言わずと知れたアマビエことメルだった。動き回る際に邪魔にならないよう、長い髪を高い位置できゅっとポニーテールにくくってもらっているのが愛らしい。

 そうやって露わになった背中や体側の部分は、赤っぽく変色していたウロコが大分元の色合いを取り戻していた。抜け落ちていた部分にも新たなものが生えてきており、遠からず綺麗に揃うだろうことが見て取れる。

 「ここ二週間くらい、お天気のいい日が続いたのもよかったんでしょうね。日光浴は患部の殺菌にもなるし、ストレスの軽減にも効果絶大だそうですし。あと、やっぱり塩水プールが効いたのかと」

 「結構どっさりお塩を入れるから、びっくりしたわ。……私はまだ海に行ったことがないんだけど、メルはいつもこういうところで暮らしているのね」

 『うきゅー』

 噴水の縁にちょこん、と座ったアマビエを、よしよしと撫でてやりながら言うキャロルである。目下の心配事が良い方向に行きつつあるからだろう、近頃は相談を持ち掛けてきた時のような深刻な翳りがなくなって、穏やかな表情を見せてくれるようになった。やっぱり笑った顔の方が可愛いよなぁ、眼福眼福。

 「お二人とも、お茶の準備が出来ましたよ! 冷めないうちにどうぞ~」

 「メルさんのお食事もご用意しておりますよ。先に身体を拭いましょう、お嬢様方もこちらへ」

 『きゅう!』

 「シーナ、ロビンさん、ありがとうございます。タオルまで用意してもらって」

 「いいえ。エレノア嬢には主従共々、これ以上ないほど大いに助けていただいておりますから。どうぞお手を」

 「……あ、はい、どうも」

 当たり前のことです、という調子で言ってもらった上、ごく自然に芝生に置かれた椅子に案内されてしまった。カフェに置いてあるような、テーブルと一体型のパラソルがしっかり日陰を作ってくれていて大変涼しい。

 ……が、こういう下にも置かない扱いに慣れていないエレノアは、逆に困ってしまって視線をさまよわせるハメになった。礼儀としてだけでなく、今までの感謝も兼ねてやってくれていることだから無下には出来ない。のだけれど、

 (う~~~~ん……やっぱりロビンさん、笑い方がさらに優しくなってないかな?? いや、カッコいいのは前からなんだけど)

 伯父たちへの贈り物の件で、愉快犯かつ確信犯だと確信した侍従さんなのだが。ああいったからかうような、あるいは面白がるような発言は、この二週間余りほとんど聞いていない。代わりに今みたいな、本当に普通の令嬢に対するように至極丁寧な――どうかすると甘ったるいと感じてしまいかねないやり取りがどっと増えた。これは一体どういうことなのか。

 


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