第10話
昔々の江戸時代、とある海に現れたアマビエは、なんと人間の言葉でこう言ったらしい。『今から数年後、大いに疫病が流行する。だが私の姿を絵に描いて持っていれば、難を逃れることが出来るだろう』と。
「――では、わが国で近々疫病が流行すると?」
「いえ、多分違います。いくつかケースを知ってますけど、どの話でも出合い頭にアドバイスをしてるので。……大事な話はすぐしてくれるよね?」
『きゅう!』
「うん、当たりみたいね」
「はい。おそらくですけど、たまたま海から迷い込んできてしまったんじゃないでしょうか。違うかな?」
『うっきゅう!』
訊ねてみたところ、メルは今度はぶんぶん、と景気よく頭を横に振ってみせた。よし、正解だ。
だがしかし、心配なのはウロコの状態だ。疫病除けの象徴ともいうべきアマビエなので、まさか自分が病気にかかるってことはないと思うのだが……
「う~ん。人間のお嬢さんだったら、ストレスなんかでお肌が荒れることもあるんですけどねぇ。身に付けたものが合わないとか、食べられないものがあるとか」
「「えっ」」
『うきゅっ!』
無意識なのだろう、大分リラックスしてきた様子のシーナがぽろっとこぼした独り言に、お嬢様二人とアマビエさんがぱっと表情を輝かせた。食いつきの良さにきょとんとする世話役に、エレノアが代表でぐいぐい詰め寄る。
「シーナ、今なんて言った?」
「は、はい? ええっと、食べれないものがあるとか??」
「もっと前! 人間の女の子だったら、なんだって!?」
「あっはい! ストレスとか食べ物とか、ちょっとしたことでお肌が荒れちゃいますよね!」
「それだー!!」
メイドならではの指摘に思わずガッツポーズ。お招きを受けた令嬢としてはもはや赤点レベルだが、正直そんな細かいことはどうでもよくなる大金星だった。
すわ病気か、と難しく考えるからややこしいのであって、ちょっとした『不調』ならどんな生き物にだってあり得る話だ。特にキルシュハイムは風光明媚でのどかな別荘地として有名だが、海からはうんと遠く隔たっている内陸の街。アマビエの本来の生息域から大分離れてしまっているから、そのストレスたるや相当なもののはずだ。
まずはふだんの生活環境に近づけて、ちゃんと必要な栄養と休息をとって。その上で経過を観察しながら手を加えていくのが、現在はじき出せる中ではベストな対処法と言える。
「キャロル様、メルさんは普段どこでどういうふうに過ごしてますか? お庭の噴水の周りにウロコが落ちてたので、真水でも平気だったんだとは思いますが」
「ええ、いつも水場のそばで好きに過ごしてもらっているわ。……でもそういうことなら、海水に近いものを用意した方が良いでしょうね。食べ物もなんでも食べてくれるからすっかり安心していたわ……ごめんなさい、メル」
『うきゅっきゅう!』
「謝らないで、って言ってるみたいですよ。メルさんも陸で暮らすのは初めてでしょうし、お互いにひとつひとつ確認しながら頑張りましょう。わたしも全力でお手伝いさせていただきます!」
「……そう、そうね。ありがとう、エレノアさん。貴女に話を聞いてもらえて、本当に良かった」
『きゅうっ』
「いえいえ、どういたしまして!」
重ねて告げられた励ましに、罪悪感でこわばっていたキャロルの表情がふっと和む。こちらの両手をそっと取って、心からの感謝を捧げてくれた依頼主とその友人に、若干照れくさくなりながらも律儀に返事をするエレノアである。何とかなりそうでよかった。そして憂えた表情も絵になるけど、やっぱり美少女は笑顔が一番可愛いなぁ。
同年代の少女二人が、手に手を取って笑いあう。そんな微笑ましい光景を、従者二人がほのぼのと眺めていた。
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