第18話
学院内は原則として、外部の権威や圧力を一切受け付けない。たとえそれが、大多数の生徒の保護者である王侯貴族であっても、だ。過去にいろいろあった反省からそうなったという、おおむね好意的に受け入れられている不文律である。……のだが、
「今回に関しては裏目に出ているな。これだけ騒ぎになっているというのに、学院側だけで対処しようとしたせいで長引いている」
「焦点になってるのが会長だ、ってのが大きいな。来月の成人を機に婚約者選びを始めるって、もうずいぶん前から分かってたことだし。
か弱い深窓のご令嬢なら、過度の緊張とストレスで集団パニックが起こってもおかしくない、ってやつだろ。事実かどうかはさておいて」
「あまり事態を重く見ていないのは確かだな。……俺が幻術にかけて、場当たり的な対処をしたのがまずかったかもしれん」
「まあまあ、あれが一番手っ取り早かったからしょうがないって。ついでに術の媒体使って、半日かけてデータ取ったんだろ。どうだった?」
宥める口調で肩を叩きつつ、まだ言っていなかったことまで的確に読んでいる相手に、感心とあきれが半々になったため息がこぼれる。あえて何も言わずに利き手の指を鳴らすと、ややあってドアや窓の隙間からすうっ、と入り込んできたものがあった。淡い金色をした、手のひらほどもあろうかというウロコだ。無論のこと、今朝がたの騒ぎを逃れて脱出していった会長の残したものである。
合図で戻ってきた十枚ほどのそれを、両の手のひらで受け止めてやる。分析の魔方陣を呼び出し、ウロコの中に集めた情報を読み込むこと、しばし。
「…………、ちょっと待て! こんなものが何故学院に!?」
「えっ何、そんなマズいやつか?」
「なにがしかの動物の堕ちた魂だろう、数は二十体程度。だが、ここは一応結界の中だぞ!?」
数百からの在籍生徒を護るため、学院には悪意ある存在――いわゆる魔物と呼ばれる存在を弾き、無力化する結界を幾重にも張り巡らせてある。講義の中で召喚術なども学ぶが、実習の際にはさらに補助の結界を作ることになっている。だから仮におかしなものが入りこんでも、敷居をまたいだ時点で動けなくなるか、場合によってはそのまま消滅してしまうはずだ。
だというのに、先ほどまで幻術で作った会長にべったりだった令嬢たちは、みな一様に元気いっぱいの何者かに憑かれていた。朝の段階でかなり険のある顔つきをしていたが、今やそんなレベルを通り越している。目は血走って吊り上がり、言い争いのさなかに甲高い奇声を上げ、あたりに漂うのは生臭い獣臭。およそ上流階級に連なる淑女とは思えない姿だ。こんな相手に群れを成して追いかけられたら、会長でなくても尻尾を巻いて逃げるに違いない。
「……外から届く荷物かなんかに憑いてきたか? いやダメか、通用門もがっつり防護結界組んでるしな……」
「とにかくすぐ動くぞ、あの手の存在は日が落ちるとより影響力を増す! ケイは教授たちに状況を伝えて、侵入経路を押さえてくれ。俺はどうにか憑依状態の生徒たちを隔離――」
――ぎぃぃやああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!?!
「「!?!」」
「――すみませーん、ここ開けてくださーい」
壁も裂けよ、窓ガラスも砕けよと響き渡る、身の毛もよだつような甲高い絶叫。立て続けに上がったそれを締めくくったのは、ちょうど先ほどケイが入ってきた窓の外で呼びかける、随分と幼く可愛らしい声の呼びかけだった。
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