第19話




 さて、時は少しだけ遡る。

 「――あら!? ねえあなた、エドワード様をご存じなくって!?」

 「知りませんわよ、わたくしだって見失ったんですもの! ついさっきまでここにいらっしゃったのに!!」

 「嫌だわ、まだ肝心のお返事をいただいておりませんのに! 急いでお探ししなくては……!!」

 話し合い、というより怒鳴り合いに近い、殺気立ったやり取り。運悪く通りすがった男子生徒がひえっ、と息を呑んで逃げて行くくらいの迫力だ。

 そんな耳にも心臓にも悪い光景を、やや離れた廊下の曲がり角から観察している人影が二つ。そのうち小柄な方がうへえ、とうんざりした声をもらす。

 「よくあんなきっつい声出せるなぁ……出すのも聞くのもノーサンキューだわ、わたし」

 「大抵の方はそうだと思いますよ。――何か、お気づきになりましたか」

 「はい、ばっちりです。完全にキツネ憑きですね、アレ」

 先程同様に侍従のお仕着せ姿のロビンに応えて、こちらはブラウスに乗馬ズボンという動きやすさを重視した格好のエレノアは、念のためもう一度目を凝らした。

 ――突然女子生徒に追い掛け回され、なすすべなく逃げ出してきたというエドワードの駆け込み訴えを聞いたのが、正午の少し前のことだ。大急ぎで昼食を済ませて支度を整え、へとへとの被害者をキャロルとアマビエさん、および白樺邸の皆さんにお任せして、ロビンともども現場へと向かったのが、おそらく三時過ぎくらいだったはずである。

 窓から斜めに差し込むオレンジがかった光を見るに、今は四時から五時の間くらいだろう。よく間に合ったなぁとしみじみ思って、ついでにもうひとつ思うことがあって、改めて背後を振り返る。出がけに聞かされた時、それはもう驚いたっけ。

 「……ロビンさん、まだここの生徒さんだったんですねえ。しかもうちの従兄と同学年」

 「お伝えするのが遅くなって申し訳ありません。キャロル様の御父君と、私の父が昵懇の仲でして。侍従としての務めに足る技能があること、属性魔法での高速移動が可能であることなどを鑑みて、私が養生先に付き添うことになっておりました」

 落ち着いた雰囲気のせいで二十代頭だと思い込んでいたが、訊けばつい先日十八になったばかりらしい。まさかのハイティーンでしたか、恐るべし異世界。

 ついでに風属性の魔法に高い適性があるロビンは、学生の身ながらいくつかオリジナルの魔法を開発している。その中の一つが、先ほども触れた『高速移動』の術であり、エドワードの変身魔法なしでここまで来られた理由――なのだが、

 (確かに空飛ぶ魔法は早かった。早かったんだけど正直めっっっっちゃ揺れたし、地面スレスレの超・低空飛行で死ぬほど怖かった……!!)

 念のためにもらった酔い止め、ちゃんと飲んどいてよかった。もはや回想すらしたくないが、ついつい数十分前に思いを馳せて遠い目をしてしまう。

 そんなエレノアの思いを察したか、原因のひとは微苦笑を浮かべてすみません、と重ねて謝ってきた。その場にそっと膝をついて、目線を合わせてくれる。

 「私一人での使用を前提として作ったものですので、それ以上の負荷がかかった場合はどこかしらに不具合が出てしまうんです。重さであれば高度が下がり、逆に高度を上げれば速度が落ちる、といった具合に。……怖い思いをさせてしまいましたね、すみません」

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