第29話
気遣いに満ちているのが分かる、慎重すぎるくらい控えめな調子で訊いてくる相手に、あっさり言って笑って見せる。別に強がりでもなんでもなく、いたって普通に本心だ。
結婚について了解を求めるのは、一緒に暮らすことになるかもしれない家族に対する義務だと思う。が、同居予定もなく、自分が経済的に自立しているのであれば、今後はお互い関わらないという結論を出しても構わないのではなかろうか。
前世で大人として、そして社会人としてそこそこ長生きした経験と視野のおかげである。周りに遠慮しすぎたばかりに、自分の一番大切なものを見失うなんてバカらしいではないか。
まあ、その辺りは置いとくとして。そんな生い立ち故なのか、下にも置かない扱いをされると、嫌ではないがちょっと違和感を覚えたりもする。
「だからね、二人だけの時はわたしに敬語とか使わなくっていいんですよ。口先だけ丁寧で態度がバカにしてる人って、貴族には結構いますけど、ロビンさんはそうじゃないって分かって来たし。その方がわたしも気が楽なんで!」
つい長々と自分語りしてしまったので、心配をかけないように、そして照れ隠しも込めてにこっ、と大げさなくらい笑って見せる。シーナが見ていたら『お嬢様、お顔が引きつりそうですよ!』って即座にツッコミを入れてくるんだろうなぁ……
などと、思っていたところ。
「――うん、わかった。君が望むのなら、これからはそうすると約束するよ。……こんな感じで大丈夫かい?」
ごっふ!!!
本当に、これ以上ないほど優しい表情と声音で言ってくれたロビン、律儀すぎることに敬語がログアウトしていた。うっかりむせた拍子に、手に持ったままだったコップを引っくり返しそうになって慌てて持ち直す。いきなりそう来るか!!
「ちょちょちょちょっと待って!? 素の口調ってそんな感じなんですか、ていうかあの、生徒会の皆さんは!?」
「そうで……いや、そうだね。それからおおよそ想像がついていると思うけど、生徒会の役員は全員貴族の出なんだ。将来は上役になることがほぼ確定しているから、今のうちにきちんとした立ち居振る舞いを出来るように学んでおこうと、僕からお願いして」
「一人称まで違うんですかっ!?」
「うん。こっちも最近あまり使っていないね。……やっぱり違和感があるかな?」
「あるっちゃありますけど!! いやあの、全然嫌でもだめでもないんですけど……!!!」
あくまでも爽やかに『これでいい?』と訊いてくる有能すぎる侍従に、失礼にならないように必死で答えを選びつつ、落ち着こうとして逆に焦る。コップの水をちびちびやってみるが、味も温度も全くわからなかった。どうしよう、顔が熱い。今の光源が赤っぽいランプの灯りだけでよかった、本当によかった。
(あ゛ああもう、何でそうなるのー!! わたしが爽やかで優しい物腰、および喋り方フェチと知っての狼藉かーっっ)
……実はそうなのである。研究者生活の合間に趣味で摂取していた、主にファンタジー系の小説やマンガやゲームのせいで育まれし密かな性癖だった。恥ずかしすぎて誰にも言ってないし、正直ここでクリティカルが出るとは思ってもみなかったが! おのれ、このお兄さんただの愉快犯じゃないな!? だって喜ぶのを見越して切り替えてきたんだもんな、そういうとこだぞ!?
等身大でいられる癒しを欲したはずが、
「……やっぱり、変わらないな」
「はい!? なんか言いました!?」
「いや、気に入ってもらえたみたいで嬉しいな、と」
「何でそうなるんですかぁ!!!」
しかしながら動揺真っただ中の当人が、囁きにも満たないほどの微かな声音を正確に拾うことはなかったのだった。
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