第28話




 かちかちと、規則正しい音が響いている。前世でもよく聞いた、秒針が刻むあれだ。

 「…………~~~~~っ、ダメだ。寝れない!」

 日頃は気にも留めない物音が、やたらと耳についてしょうがない。とうとうお手上げ状態になったエレノアは、お借りしたベッドで勢いよく跳び起きた。




 憑き物についての意見を求められて、それに答えていたら思いのほか疲れているのに気が付いて。急遽生徒会室のとなりにある仮眠室で横にならせてもらったのが、夕方の六時過ぎのことだった。

 そこから一眠りして、ふと目覚めたのが八時半頃。さすがに空腹を覚えたので一回起きたら、隣の部屋からいい匂いがしていて。そっと覗いたところ、報告書を仕上げるために集まった生徒会メンバーが、持ち込んだ夕飯を囲んでああでもないこうでもないと話し合いの真っ最中だった。

 この時点で日帰りできないことは確定済みだったので、話し合いに参加するついでに夕飯をご一緒させてもらい。どうにか形になった書類を提出に行く三人と別れて、仮眠室の反対側に備えられているシャワー室を使わせてもらい。ゲスト用だという一式を、ケイがどこからともなく仕入れてきてくれたおかげで着替えまで出来て、再び仮眠室で眠ることになった頃には、おそらく十時を回っていたと思う。長い一日だった、いやホントに。

 やけに目が冴えてしまったのは、変な時間に仮眠を取ったせいだろうか。いや、前世では日常茶飯事だったし、こっちで記憶が戻ってからもよくやっている。可能性があるとすれば、もっと別のことだ。

 「……お水飲もう」

 とりあえずそう決めてベッドを脱出し、隣につながるドアをそっと開ける。確かテーブルの上に置いてあったはず、と暗い中を手探りで進もうとして、

 「――エレノア嬢? どうされました」

 「ひゃあ!?」

 突然暗がりから掛かった声に飛び上がった。急いで顔を向けた先に、今まさにランプを付けたとおぼしきロビンの姿が浮かび上がる。どうやら生徒会室のソファで寝ていたようだ。

 「ろ、ロビンさん! 何でこんなとこで寝てるんですか、寮にお部屋があるでしょ!?」

 「いえ、不案内なところでお一人にするのは憚られたので、私が残っていたんですが……驚かせてしまいましたね、申し訳ありません」

 「そこまで心配しなくても! わたしもう――、え、えーっと、お水飲もうと思っただけだし!」

 子どもじゃないんだから、と、うっかり出そうになって慌てて言い直す。見た目は十一歳なのだ、この人達からすれば立派に子どもだろう。知らないところに連れてきて、一人で寝かせるのは心配だ。きっとエレノアだって側についていようとする。

 そんなことを考えている間に、ロビンはさっさと立ち上がって移動している。記憶どおりの場所に置いてあった水差しから、律儀にも洗って伏せてあったコップに水を注いで、これ以上ないほど丁寧な手つきで渡してくれた。何度も白樺邸で見ているが、この人は本当に所作が綺麗だな、と感心していると、

 「……眠れませんか? ハーブティーをお淹れしましょう、気持ちが落ち着きますので」

 「ああ、いえ、ドタバタした興奮のせいじゃないです。伯父さまのうちと、……実家以外で泊まるの、初めてだったので」

 今となってはもう、ずいぶんと朧げな記憶だ。両親が生きていた頃は、三人でもっと小さな家に住んでいた。規模は伯父の邸と比べるべくもないし、使用人なんて一人もいなかった。でも、母と一緒に毎日手入れをしていた自宅はいつも清潔で、こぢんまりした庭では花が元気よく咲いていた。一本だけ大きな木が植えてあって、その木陰で本を読んだり、読んでもらったりするのが好きだった。

 いや、違うか。本自体も好きではあったが、自分を真ん中にして左右に座って、楽しそうに語り掛けてくれる両親とのやり取りが好きだったのだ。

 「そもそも、大きいお邸ってどうも苦手なんです。なんかものすごく、場違いなところにいる気がして……わたしが本当のお嬢様じゃないから、ですかねぇ」

 「……それは、ご両親に関わることでしょうか」

 「はい。父は一般市民の母と結婚したくて、自分からリースフェルトの家を出たらしいです。あ、それを恨んだことなんかないですよ? 二人が元気だったときは何にも困ったことなんてなかったし」

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