第30話
今夜は雲の流れが速い。地上はそうでもないが、空の上では風が荒れているようだ。
「こういう日は夜中に雨が降ったりするんだよなー……大丈夫かな、セディ」
「あら、今日がお帰りの日だったの? ずいぶん遅い時間になりますのね」
「うん、ホントは明日の朝でもいいんだけどね。長居したら帰りたくなくなるから、終わったらすぐ出るよって。
あいつ動物が大好きで、特に鳥には懐かれやすいからさ。ひな鳥見てると時間を忘れるって、手紙で言ってたっけ」
『うきゅ?』
「ああ、うん、水棲動物も好きだよ。イルカとかシャチとか。メルとも仲良くなれると思うなぁ」
『きゅ~』
キルシュハイムは白樺邸にて、夜も更けた中で居間に集まり、メルを交えて雑談している兄妹がいた。
後事を託したロビンたちからは、夕方に『万事うまくいったので心配ない、明日戻る』と連絡があったので、全員で心底安堵したものだ。だから枕を高くして眠れる……はずなのだが、どうにも落ち着かない。憑き物の毒気に中てられたのだろうか。
「……お兄様こそ、明日は学院に戻られるんでしょう? そろそろ休んでくださいませ」
「う~ん、そうしたいのは山々なんだけど眠くならなくて……それに今寝たら追っかけ回されたの、思いっ切り夢に見そうでおっかないし」
「まあ!」
遠い目をしてそんなことを言うエドワードに、思わずといった風情でキャロルが吹き出した。
この兄は昔から、本当に繊細で怖がりで。でもそれは掛け値なしの優しさと、海のような情の深さの裏返しだ。学院に行ってもう三年目、いちばん好ましいところが変わっていなくて良かった。
そんなやり取りをにこにこして聞いていたアマビエが、ふいにぱっと振り返った。きょろんとした大きな瞳は、まっすぐに窓へと向けられている。そのままちょこちょことヒレ足で駆け寄って、降りていたカーテンを開け放った。
風が強い。暗い中で空模様がどんどん変わっていく。やがてやって来たひときわ大きな雲が、わずかに見えていた月光を遮ったとき、
『うーっきゅ~~~~!!!』
――ぶわっ!!!
「きゃあ!!」
「えっ何!? どうしたの、メル!!」
気合いの入った鳴き声と同時に、アマビエの身体が真珠色に輝いた。その光はどんどん膨らんでいき、邸全体を囲むシャボン玉のような結界となる。
光の障壁が出来上がるのとほぼ同時、何かがばちーん!! と豪快に吹き飛ぶ音がする。傷ついた動物のような悲鳴が上がり、その気配はどこかへと立ち去って行った、ようだ。しばらく全員で耳を澄ませていたが、戻ってくる様子はない。
「び、びっっっっくりした~~……今の、メルが守ってくれたんだな? すごいな、ありがとうっ」
「あなたこんなことが出来たのね……よくやってくれたわ、ありがとうね」
『きゅうっ♪』
肝を冷やしつつ、何かしらの危機を察知してくれたと思しきアマビエさんを全力で労うエドワードに、功労者も大層嬉しそうにしている。兄にならってよしよし、と頭を撫でてやりながら、ふとキャロルは思い至った。
さっき弾かれた『何か』、一体どこから来て、どこに逃げて行ったのだろう。
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