第36話


 エレノアが返事するより早く、近くの教室から飛び出してきた人影がツッコミを入れた。ん? とそっちを見やると、

 「お前らなぁ、ちょっとは驚くとか怖がるとかしろよ!! こっちは選りすぐりの手札を切ってやってるんだぞ!? ついでにうろちょろ逃げ回るんじゃない、うっとうしい!!!」

 「……レティシアさん、誰? あの地味な人」

 「じっ……!?」

 「は、はい、エルダーベリ家のアダム様です」

 「ああ、やっぱりそうかぁ」

 別に悪口のつもりではない、あまりにも地味なので純粋にびっくりしたのだ。本当に、何っにも特徴のない中肉中背の男子生徒で、焦げ茶の髪に同じ色の瞳をしている。もし街中ですれ違ったとして、三十秒もたたないうちに忘れそうなほど印象の薄い顔立ちだった。

 これが今回のキーパーソンかと思うと、正直かなり微妙な気持ちになる。外見で差別するのはよくない、が、もっとそれっぽい雰囲気ってものがあってもいいじゃないか。

 「ひ、人が気にしていることをずけずけと……! 無礼にもほどがある、どこのガキだ貴様!?」

 「夜中に騒いで人様を追いかけ回すのは無礼じゃないんですか? ていうか最後の子、あれだけで逃げてくなんてどんだけビビりなんですか。特にそういう謂れってないでしょ」

 「頭から岩塩の粉ぶっかけといて何言ってやがる!! あれくらってから頭痛いし眩暈がするしで、こちとら大変なんだぞ!? 何なんだよあれ、新手の呪いか!?」

 「失敬な。東洋に伝わるれっきとしたお祓い方法です、安倍晴明の頃からのド定番ですよ。食べ物の保存だってできるし、お肉の臭い消しにもなるんです。雑食だから臭みがひどくて調理が大変だっていう、あなたの的にもぴったりでしょ?」

 「誰だよアベノセイメイって!? そして食う前提で話するんじゃ……って、ちょっと待て、正体っておい」

 「某国陰陽師界のレジェンドです、めいっぱい敬って褒め称えてください!! 大体ねえ、大かむろに見越し入道、蚊帳吊り狸に赤殿中あかでんちゅうって、化け種目の見本市みたいなレパートリー出されて分からないわけないでしょーが!!

 狸よ狸、あんたは狸!! もしくは狸憑きッ!!!」


 ぶっっっしゃあああああああ!!! 


 「い゛ぃ~~~~やぁぁぁ~~~~~~~っっっ!?!?!」

 力いっぱい正体を言い当てられた瞬間、アダムの全身から煙が噴き出した。

 どどめ色、としか表現できない濁った気体は、中空に溜まって丸っこい四つ足の獣――どう見ても狸のシルエットに変わると、わき目も振らず一目散に逃げだしていく。それと同時にばたーん、と、力尽きた地味男子がひっくり返った。

 「よし! 読み勝ち!!」

 ――妖怪の正体には諸説あるものの、年月を経た動物、いわゆる経立ふったちの悪さである、とされるものが圧倒的に多い。中でも化かし方のバリエーションが豊富で、代表格といえるのがキツネと狸だ。昔から人間にとって身近な生き物だったという証だろう。

 完全に目を回しているアダムを放って、彼が飛び出してきた部屋を覗き込む。憑かれた状態で閉じこもっていたから当然だろうが、胸が悪くなるような生臭さが鼻を突いた。

 中はほとんど真っ暗で、わずかに数本のろうそくが照らしているだけだ。真ん中に置かれた机の上に、いくつかの品が置いてあるようだ――

 「レティシアさん! その地味っ子、縛るかなんかして動けなく出来る!?」

 「地味……、ええと、拘束するということ? それは出来るけど」

 「ちょっと急ぎでやってもらっていいですか、良いもの見つけました! うまくすれば一気に解決できるかも……!!」


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