第35話

 (うーん、もしキャロルさんみたいな超絶美少女だったら、もっとメンタル回復力高いんだけどなぁ。まあいっか)

 ないものねだりは置いといて、手のひらに収まるくらいの光の玉を出してもらう。その明かりを頼りに階段を降りて、二階を通り過ぎようとしたとき、


 どすーん!!!


 《ばあああああああ》

 「きゃあぁ!!」

 行く手に突然、巨大な頭が降ってきた。伸び放題に伸びたばさばさの髪、エレノアの顔くらいありそうなぎょろりとした目、口なんか耳まで裂けていて、夜目にもどぎつい真っ赤な舌が覗いている。先に立っていたレティシアが悲鳴を上げて、

 「――なーんだ、大かむろか。レティシアさん、こっち行きましょう」

 《ばっ!? ばあ、ばばば~~~っっ》

 「えっ? ……あの、エレノアさん、放っておいてよろしいの?」

 「はい。こいつは急に降ってきて人を驚かすしか芸がないので、無視しちゃってOKです!」

 あっさり言って二階の廊下へ進路変更したエレノア、後ろで抗議の声らしきものが上がっているのを見向きもしないでどんどん進む。こういう手合いは無視するに限るのだ。……と、

 「ひっ!?」

 「あ、もう次が来た」

 暗い中、まっすぐ伸びる石造りの廊下。そのど真ん中に人が立っていた。

 つるつるに剃り上げた頭、ぼろぼろにほつれた黒い衣、草鞋を履いた足は何故か泥だらけ。どう頑張っても日本のお坊さんそのもののそいつは、立ち止まった二人を見てニヤリと笑った。

 そのとたん、姿がひとまわり大きくなる。となりのレティシアが息を呑んで固まるさなかにも、相手の背丈はどんどん伸びて、やがて天井を突き抜けそうなほどになって――

 「ええいもう、うっとうしいッ!! 見越した見越したー!!!」


 ばしゅっ!!


 気合いを込めて叫んだとたん、見上げんばかりになっていた坊主が掻き消える。よし、ビンゴ。

 「レティシアさん、首平気ですか? 痛くなってない?」

 「え、ええ。それは大丈夫……だけど、今のは?」

 「んーと、見越し入道とか高坊主とか伸びあがりとか、いろいろ名前があるので何とも。見てるとどんどん大きくなるけど、さっきみたいに言えば大抵逃げていきますから」

 「はあ……」

 目を点にしている同行者の手を引いて、どんどん進む。

 ようやく一階にたどり着いた、と思ったら、今度はいきなり周りが真っ暗になった。……いや、上から黒い薄絹のカーテンが覆いかぶさっていた。気が付けば背後にも垂れさがっていて、急いでまくってみたのに階段が見えない。進行方向と同じ、薄絹の群れがどこまでも連なっていた。お互いの姿と手元、足元だけが浮かび上がって見える。

 「あーっ、今度はこれか! しつっこいなぁもう」

 「ど、どうしましょう、閉じ込められてしまったのかしら……」

 「だいじょーぶです、無問題です! レティシアさん、丹田ってわかりますか。おへそのすぐ下にあるツボのことなんですけど」

 「えっ? ええ、実戦訓練の時に意識しなさい、と教わるけれど」

 「はい、踏ん張るときって大事ですよね。で、そこにうんと気合い入れてもらって、気持ちを落ち着けて、このカーテンみたいなのを一枚ずつめくっていきましょう。三十六枚で出られるはずです!」

 「さんじゅ、……あの、とても具体的なのね!?」

 「はい! こういうのの対策はセオリーが大事なので!!」

 おお、ツッコミをする余裕が出てきたか、と心強く思いつつ言い切っておく。

 その後はいーちにーさーん、とお互いに声を掛け合って、無事目標の枚数で突破することが出来た。すると、

 『――ねー、おねえちゃんたち、おぶって~』

 「あら? ……まあ、可愛い」

 ほっと息をつく間もなく、前方からとっとこ走ってきたのは、袖なしの赤い上着を着た可愛い男の子だ。歳は幼稚園くらい、四歳か五歳といったところだろうか。肩で切り揃えた髪を揺らして、無邪気な声でおねだりしてくる様子が微笑ましい。

 『ぼく迷子になっちゃったの。ねえ、つかれちゃったからおんぶしてー』

 ここまで恐ろしげな現象が続いたのもあってか、あるいは元々子ども好きなのか。明らかに警戒が緩んだレティシアが返事をしようと口を開いた、そのとき、

 「はいっ、悪・獣・退・散ー!!」


 ばっさあああああ!!


 『きゃああああああ!?!』

 一喝したエレノアが、ポケットから取り出した袋の中身をぶちまけた。真っ白な砂のようなものが飛び出して、それをモロに浴びた男の子が絹を裂くような悲鳴を上げて掻き消える。

 「ふん、思い知ったか! 危ないとこでしたね、あれおんぶしてやったら背中をぼっこぼこに殴られるんですよ」

 「そ、そうだったの!? ありがとう……ところであの、今の白いものは」

 「――ちょっと待てええええええ!?!」


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