第34話
(――始まったか)
暗がりに潜んで様子を窺い、独り言ちる。
(最初の襲撃を防がれたのは予想外だったが……まあいい、先に邪魔者の動きを封じるとするか。生徒会のやつら、揃いも揃って厄介な特技持ちだからな)
目の前には一抱えほどもある水晶球。情報伝達の術の要であり、校内各所に散らばった中継用水晶から映像、音声を受け取るというものだ。現在その画面は、本館三階の廊下で侵入者と対峙する、現生徒会役員たちの姿を映し出していた。うち一人、本日はいるはずのない顔を見つけて、またしても舌打ちが漏れる。
(あいつ、しばらくはキャロラインの護衛で休学するって話だったのに……)
自分と同じ最終学年であり、憎きエドワードの朋友であり親友。何よりも可愛がって大切にしている妹君の養生に、たっての願いで同行させるほどには信頼されている。生徒の中にはロビンを『蒼眼の騎士』『エルダーウッドの懐剣』などと呼ぶ者すらいるというし、まったく、腹立たしいといったらない。
(何が騎士だ、懐剣だ! 氏素性も確かでない平民出のくせに、たまたまあいつに目を掛けられただけのくせに、調子に乗りやがって!!)
水晶の横に置いた両手を握りしめる。なんであの、自他ともに認めるヘタレの周りにばかり有用な人材が集まるんだ。真に認められるべきは、表舞台に立つべきなのは、この自分だというのに。
――そうしたやり場のない怒りに囚われながら、鬱々とした日々を過ごしていたときだった。あの恐ろしくも頼もしい異形に出会ったのは。
(そうだ、そうだとも、俺にだってやればできる。アイツだってそう言っていたじゃないか、焦らなくたって平気だ)
ひとつふたつの失敗など、何ということもない。最後に笑うのは自分と決まっているのだから、あいつらはせいぜいぬか喜びしていればいい。勝ちを確信したところで、奈落の底に突き落としてくれる。
そのために今、こうしてこの場に陣取っているのだ。ここさえ押さえてしまえば、生徒会の二年坊主どもは手も足も出せまい。
自分に言い聞かせてどうにか落ち着きを取り戻す。その間に、廊下の攻防は徐々に激しさを増していた。建物を壊しかねない大規模な魔法は扱えないためか、火力に欠ける生徒会が押され気味のようだ。そんな中、
(……ん? レティシアのやつが連れてるのは……)
あれは本館の階段に設置した小水晶の映像だ。しきりに後ろを気にしながら下階を目指すレティシアは、明らかに学齢に達していない少女の手を引いていた。十歳前後といったところか、
どこかぱっとしない印象にもかかわらず、この事態に全く怯えたそぶりを見せていない。むしろ年長のはずの公爵令嬢を気遣うような、妙に大人びた眼差しが気に障った。
「ふん、どうせ虚勢だろ。レティシアごと人質にしてくれる、せいぜい泣きわめくがいい……!!」
大人げないことを言いながら、別の手を打つべく作業を開始する人影。――もしもその対象となった本人が聞いていたら、確実にこう言っただろう。
そういうとこだぞ三流、と。
この学院、元はお城か何かだったのかもしれないな、と廊下を走りながら思う。前世で見た、イギリスの魔法学校が舞台となる映画の風景そのものだ。
ロビンたちに闖入者との戦闘を任せて、レティシアともども避難にかかったのだが、当の引率者はしきりに爆音が轟く背後を気にしている。暗い中でもわかるほど顔色が悪くて、ときどき足元が怪しい。
そりゃああんなのが目の前に飛び出してきたら怖いだろうし、それ以前に、まだ憑依されたダメージが回復しきっていないはずだ。よし、ここは久々にあれをやるか。
「あの、すみません。明かりをつける魔法ってありますか? 暗くてよく見えなくて」
「……えっ? ああ、ええ、そうね! 危ないものね、気づかなくってごめんなさい」
「いいえー、お姉さんが一緒だからだいじょーぶです!」
「まあ、……ふふふ、ありがとう。頑張るわ」
にこーっと無邪気に見えるように笑ってみると、レティシアはきょとん、とした表情を経て笑ってくれた。
こういうとき、あえて子どもっぽい振舞いをして場を和ませる、という方法はわりと有効なのだ。聞けばこの人は長女だというし、もしかすると下のきょうだいの面倒を見たこともあるかもだし、それを思い出してホッとしてくれるかもしれない。この様子からするに、どうやら予想は当たっていたみたいだ。
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