第37話
轟音が空気を震わせる。廊下の壁に突き刺さった魔法が四散して、辺りに強い冷気と氷の欠片が舞う。
「くっ……!」
「ジャスティン、怪我はありませんか」
「俺は大事ない。が、あれを素手で弾くとは」
「……ホントに動物の霊なんだろうな? アイツ」
足止めのつもりで放った術を、前脚のひと振りで粉砕された副会長が悔しそうにしている。ケイのぼやきにごもっとも、と頷いて、ロビンは改めて対峙する相手を眺めやった。
――まずは女性陣を逃がすべく前線に立った生徒会だったが、中々の苦戦を強いられていた。この闖入者、思いのほか手ごわいのだ。
第一に、自分たちが得意とする魔法との相性が悪い。ロビンは言うまでもなく風属性で、ジャスは氷を含めた水属性、そしてケイは地属性。しかしそのどれも通りが悪く、開戦から数分が立つ今も決定打を与えられていなかった。ということは効くのは光属性、もしくは火炎属性である確率が高いのだが、残念ながらそれを使えるメンバーに頼ることが難しかったのだ。
「……会長にも戻ってもらった方がよかったか? これ」
「無茶を言うな、渦中のものに頼れるか」
「そりゃまあそうだけど。あーっ、せめてセディの実習が昨日終わってりゃなー」
「それでロビン、エレノア嬢たちは無事に逃げたか? 音はどうなってる」
「……、今、二階にたどり着いたところかと。どうやら妨害が入っているようです」
「マジかよ、どんだけ性根が腐ってんだあいつら!」
風の魔法で音を集積することで、見えなくとも周囲の状況は大体読み取れる。かぶりを振った友人の言葉に思わず本音が出たとたん、件の動物例が猛然と突っ込んできた。急いで防御して散らばる三人へ、地を這うような唸りが届く
《我を同列に数えるな、あれはあやつが自らの裁量でやっていること。元より己の器を見誤っておるゆえ、やり口が汚いだけの話だ》
「……容赦ねえなぁ、おい。そいつがお前を呼び出してくれたんだろ?」
なかなかひどい言い草に、ケイが軽口で返しながら相手を観察する。黒い影が凝ったような質感で、輪郭線が炎のように揺らいでおり、何の動物なのかが判然としない。鹿などのすらりとしたシルエットとは全く違うし、四肢が太くて体高が低い。熊かイノシシか、その辺だろうとアタリを付けていた。
一方、ジャスティンの方も気にかかっていることがあった。エレノアたちが心配なのは勿論だが、辺りがやたらと静かなのだ。上級の授業では高威力の魔術を扱い、希少な材料を使って魔法薬を精製するから、もし万が一失敗した場合に備えてあちこちに結界が張ってある。しかし、それでも音だけは通るようにしてあるのだ。でなければ緊急事態の際、教職員が速やかに駆けつけられない。その要となっているのは、
「配置した小水晶、ほぼ全てを乗っ取ったか。それか、教授方に五感の認識を阻害する暗示をかけたか。あるいはその両方、だな」
だとすれば、内部からの援軍は絶望的だ。この上もしエレノア達を人質に取られでもしたら、勝てないまではいかずとも相当面倒なことになる。しかし建物を壊しかねないような大規模破壊の術を使うわけにはいかない。どうする。
焦る二年コンビの肩に、ぽんと手が置かれた。反射的にそちらを向いて、揃って目を丸くする。何となれば、
《――おい、黒髪の小僧。何が可笑しい、気でも触れたか?》
「おや、これは失礼。何も心配なんていらなかったな、と思ったものだから。
ほら、聞こえるだろう? 下の音」
――い゛ぃ~~~~やぁぁぁ~~~~~~~っっっ!?!?!
《っ、は!?》
朗らかな口調で言ってのけたロビンに続けて、下の階からこの世の終わりのような悲鳴が轟いた。その声音はどう考えても、『影』が方策を授けてやった地味な男子生徒のものだ。あれだけお膳立てしてやったというのに!!
思わず動揺して踵を返しかけた時。上空の、それもごくごく近いところから、何か巨大なものが急速に近づいてくる気配がした。
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