第38話
一階の端にある教室は、窓とカーテンを閉め切った上、さらに暗幕まで引いてあった。決して外から見えないように、という周到な用心の結果だろう。数人が掛けられる長机と椅子は壁際に積み上げられており、空けたスペースの中央にひとつだけ、非常に頑丈そうな机が置いてある。
その上には、一抱えほどもあろうかという水晶球、火の付いたろうそく、何かの液体が入ったガラス製の容器。そして、
「……うわあ、やっぱり」
げんなりしたエレノアの視線の先には、机のど真ん中に広げられている紙があった。黒いインクでアルファベットが一文字ずつ書かれ、中央辺りにコインが一枚。上端にはこちらの言葉で『はい』『いいえ』をあらわす単語が左右に並んでいる。そしてその真ん中に、門のような印――現世で言うところの鳥居マークに、非常によく似たものが書いてあった。
「エレノアさん? ……って、まあ! これは」
「あ、もしかしてこれ書いたのって、レティシアさんたちだったりします?」
「ええ、そうです、わたくしの字に間違いありません! 何故こんなところに……!?」
「多分、ひとりじゃ出来ないからですね。そこだけは正しいことを言ってたんでしょう、あの地味っ子。
これは名前はいろいろあるけど、本質は全部いっしょです。レティシアさんも言ってたとおり、降霊術に近いやつですね」
いちばん有名なのは、もちろんこっくりさんだろう。他にもエンジェルさん、守護霊様などの呼び名を持ち、日本では定期的にオカルト好きな子供たちの間で流行っていた記憶がある。
大きめの紙に五十音を書いて、鳥居マークに十円玉を載せて、参加者全員が人差し指でそれに触れて霊を呼ぶ。コインが勝手に動き出せば成功で、あとは知りたいことを順番に質問すれば、文字をたどって答えてくれる。終わるときは『ありがとうございました、お帰り下さい』とあいさつして、『はい』もしくはコインが鳥居をくぐって外に抜ければおしまい、というものだった。
そこだけ聞くとなんだか楽しそうだし、手順も簡単だしで、つい手を出してしまう気持ちはよく分かる。だがしかし、
「うちのおばあちゃ、いえ、物知りの方に言われたんです。わたしたちって大抵、霊とかが視えないでしょ? 何が来ているか確認できないのに、気軽に降霊術なんかに手を出すんじゃない、質の悪いやつだったら連れていかれるよ、って叱られました」
「……それは、呪われて死んでしまう、ということね」
「はい、たぶん。かなり苦しむことになると思います」
青ざめているレティシアに遠慮して、出来るだけマイルドな表現にしておく。……むろん今さら言うまでもなく、こっくりさんは学校の怪談、および都市伝説の代表格である。うっかりルールを無視したり、上手いこと帰ってくれなかったりして、その結果参加者が精神に異常をきたす、なんてお話には事欠かない。
(おばあちゃんも言ってたし文献でも読んだけど、そういう雑霊をより分けるために、昔々の神事では『呼び出した神霊を見分けるひと』がいたんだよな)
それをして
さて、と、深呼吸して気持ちを切り替える。つまりあの地味っ子、もといアダム・エルダーベリは、この降霊術を他人に肩代わりさせることで野狐を呼びこませたのだ。扉問答もそうだが、どれだけしっかり結界を張っていたとしても、こちらが直接招けばすべて無効になってしまう。
「今暴れてる大きな影、あれもおそらく同じ時に呼び込まれたものだと思います。だからこの、召喚の装置そのものを無効にしてしまえば、一気に無力化できるはずです。それで、レティシアさんにお願いがあって」
「ええ、勿論協力するわ。わたくしの責任だもの、出来ることなら、いえ、どんなに難しいことでもなんなりと言ってちょうだい!」
「ありがとうございます。えっと、待ち針とかブローチのピンとか、何か尖ったものを貸してほしくて」
「え? え、ええ、ちょっと待ってね」
予想外の頼み事に、ちょっと戸惑う様子を見せたものの、すぐに左胸に着けていた小さめのブローチを渡してくれる。エレノアは礼を言って受け取り、すぐさま引っくり返すと、裏側にある針を左手の指に突き刺した。……さすがにちょっと痛い。ついでに、レティシアが思いっきり息を吞んだので良心も痛い。が、そんなことを言っている場合ではない。
(呪術を途中でぶった切るのはリスクが高いけど――相手の理屈と行動原理を知ってれば、いくらでもやりようはある!)
傷口から盛り上がってきた血の玉を、紙の脇に置いてあったガラスの容器に落とす。ちゃんと混ざるようにぐるぐる振って、今度は利き手の指二本ですくう。そのインクを使って、紙の上に勢いよく『はい』の一言を書きなぐった。叩き付けるようにばん! と片手をコインに置く。
「よしっ、お帰り下さいこっくりさん!! さあ、拒否れるもんなら拒否ってみなさい!!!」
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