第16話

 むむむ、と納得のいかない顔をしているエドワードだが、理由は言わずもがなだろう。妹さんとのやり取り的に人柄は文句なし、花丸が付くくらい良い人に間違いない。しかしながらこう、頼りないというか情けないというか、思わず『もう、しょうがないなぁ』と手を貸してあげたくなる雰囲気がある、というか。これもまた人徳というやつなのかもしれない。

 「ともかく、状況は把握いたしました。エドワード様の言からするに、ジャスティン達は令嬢方の足止め兼、ご実家との連絡係として残っているのですね」

 「そういうことだな。ホントなら俺が父上に言った方が早いんだろうけど、もしも実家まで追いかけてきたらあの子たちだってタダじゃすまないし」

 「大変賢明なご判断です。恋は思案の外と申しますが、あまりにも常軌を逸しておりますから」

 「だよなぁ、うん。魔法薬作ってる最中に鍋が爆発、とかしたのかな?」 

 「朝一番で、ですか? 確かに妙な薬を摂取したか、よろしくない暗示にかけられたか、といったご様子ではありますが……」

 顔を見合わせて考え込む青年二人、さすがは家単位で付き合いがあるというだけあって、打てば響くようなやり取りである。が、なにせ情報源が被害者の証言だけなので、どうにも推理を進めあぐねるところだ。アマビエさんことメルは予知能力を持つが、あれは自分が望んで未来を覗く、というやつではないようだし。

 「……お嬢様、窓開けましょうか? 風に当たったら気分が良くなりますよ、ねっ」

 「あ、うん。ありがと、シーナ」

 どういたしまして、とにっこりした世話役がさっそく窓辺に向かう。有難いのと同時に、そんなに厳しい顔をしてたのかとちょっとへこんだ。いかんいかん、思いつめたっていいことは何もない。どうにも記憶が戻って以降、身体の年齢に思考が引きずられがちだ、気を付けないと……

 (ん? ……なんか、臭う?)

 シーナが開けてくれた一番近い窓は、最初から開いていたもののちょうど向かい側だ。抜け道が出来たおかげで風が通り、ずいぶん息がしやすくなったように感じる。

 そして元々開いている方では、未だにいろいろ話し合っているエドワードとロビンがいる。突風までは行かないが、そこそこの勢いで吹き抜ける風が、彼らの髪をさあっと揺らしているのが涼し気だ。それが反対側のエレノアまで届いたとき、鼻先をかすめたものがあった。

 汗臭い? いや、それとはまた別のものだ。でも、花とか木の香りとは全く違う、生きものに由来する独特の臭気――そう、これは、

 「わんこのにおいだ!」

 「「はい??」」『きゅ?』

 そうだ、思い出した。前世の子供時代、両親が共働きでしょっちゅう預けられていた祖母の家に、もっふもふな柴犬の雑種がいた。いたっておっとりした性格の子で、まだまだ小さくて力加減が下手な自分が全力でモフっても、逃げたり吠えたりせずじっとしていてくれたものだ。ふかふかの被毛からは、いつでもお日様のような温かいにおいがしていた。

 今、青年二人の……より正確に言うならエドワードの方から漂ってきたのは、そのときに嗅いだものにそっくりだった。少しばかり湿っぽいような、かび臭さが混じったような感じはするが、動物の被毛が発するにおいで間違いない。

 「エドワードさん! 今朝起きてからここに来るまで、どこかでワンちゃんとか触りました!?」

 「えっ犬!? いや全然、というか動物自体見かけてないと思うけど」

 「じゃあもう一つ! その猛ダッシュで追いかけてきたお嬢様たち、言動以外に何かおかしいところはありませんでしたか!?

 例えば目がものすごく吊り上がってたとか、悲鳴みたいな叫び声を出したとか、なんか生臭かったとか!!」

 「――ちょっと待って!? なんでわかったの、全部当たってるんだけど!!」

 大急ぎで確認したところ、エドワードがこれ以上ないほど驚いた顔になった。どうやら図星を指したようだ。心の中でガッツポーズをとって、エレノアは大きく息を吸う。同じくびっくりした表情でこちらを見ている、部屋に居合わせた全員を見渡して、確信をもって口にした。

 「そのお嬢様たち、何かの動物の霊が憑いてます。キツネかタヌキか、それともイヌか。……種類まではわからないけど、十中八九間違いないです!」


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