第4話
「そうですね、例えば――三番地の辻で夕刻、足元に何かがまとわりつくという噂がありましたが、近頃はみな気にしなくなったとか。『姿の見えない可愛い小動物がじゃれついているだけだから、ちょっとごめんねと断って通れば何も問題ない』と教えて下さった方がいたそうです」
「(すねこすりだ……!)そ、そうですか」
「あと、西側を流れる川のほとりで、しゃらしゃらと小石を転がすような音と不気味な歌声が聞こえる、というものもありまして。こちらも『歌詞のセンスが最悪だけど、歌ってるだけだから大丈夫。しゃらしゃらはアズキっていう豆を洗う音だから怖くない』とアドバイスをもらったと」
「(小豆洗いだ!!)へ、へええ……」
「そうそう、南から街の外に出る細い道に、目には見えない何かが立ち塞がるとも聞きました。『もし不可視のものに突き当たったら、一回深呼吸して落ち着け。可能なら、長めの棒で前方の低い位置を薙ぎ払ってから進め』と助言していただいてからは大過なく」
「(ぬりかべだー!!!)はあ……」
あくまでも穏やかな調子で『ほら、ちゃんと役に立ってるでしょう?』とばかりに挙げられた実例が、ものの見事に知った案件ばかりで頭を抱えたくなった。シーナがますます得意げに胸を張り、伯父伯母からは『お前はまた余計なことを!』と言わんばかりの視線が突き刺さってくる。こうなるのが分かっていたから、陰でこそこそアドバイスしていたというのに!
ここまで把握されていては、あえて子どもらしい言動をして煙に巻くという最終手段も使えそうにない。というか仮にやったとして、実例を出すことでこっちを褒めつつ退路を塞ぐという、何気にハイレベルなことをしてきたこのお兄さんには高確率で通用しないと思う。早々に観念してはあ、とため息をついて、
「…………あの、ご招待に預かったとして、わたしは何をすればよろしいんでしょうか」
「はい。実は現在、邸にはご当主の遠戚にあたるお嬢様が滞在しておられます。養生のためということで、あまり頻繁に外出されるわけにもいかず……そんな折に先ほどの評判を聞き及び、同じ年頃で自分の知らないことをいろいろ知っている人とぜひお話してみたい、と申されまして」
「ああ、そういうことですか」
予想していたよりも普通の内容だった。内心こっそり胸をなで下ろして、そういうことならまあいいかと思い直す。養生というのがどんな症状のためなのかわからないが、日がな一日室内に閉じこもり切りなのは退屈だろう。どのくらい通用するかは置いといて、話し相手くらいだったら勤まる、はずだ。たぶん。
「ということなんですけど、伯父さま。どうしましょうか」
「うぐぐ……ええい、しょうがない! 言いたいことは山ほどあるが、侯爵家にご迷惑だけはおかけするんじゃないぞ!!」
「調子に乗って要らないことまでお喋りするんじゃありませんよ? わたくしたちだけでなく、王都に行っているセディにまで迷惑が掛かるんですからね!?」
「はあい、伯母さま。肝に銘じます」
「ありがとうございます。お三方に感謝を」
気掛かりでしょうがないという素振りをしながらも、格上の相手からの申し出は断らない方が良い、と判断したようだ。未だ憤懣やるかたないといった風情の伯父夫婦から了解をもらって、エレノアは真面目な顔つきで丁寧にお辞儀をしておく。
……未だに光り輝くカツラとつけまつげから、しっかり目を逸らしていたのは、もちろん言うまでもない。
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