第26話

 場合によっては間を置かずに対処した方がいいのだが、ひとまず憑いていたものには退場してもらったので大丈夫だろう。何より、ほぼ丸一日取り憑かれっぱなしだったというのが心配だ。いくら近い将来国を背負って立つとはいえ、十代半ばはまだ成長期という子も多いはずである。心身のダメージは早めに回復させねば。

 当人たちにとっては余計なお世話かもしれないことを思いつつ、何故か少々遠い目をしている生徒会コンビと、こちらはいつも通り……いや、いつも以上ににこやかなロビンに向かって話を続ける。鬼門の概念がないのは予想していたし、手順さえ踏めば綻びは塞がるだろう。むしろ大事なのはここからだ。

 「扉問答、っていうのがありまして。簡単に言うと外からお化けに話しかけられて、うっかり返事したりドアを開けたりすると大変なことになる、というやつです」

 これは現代の怪談や都市伝説なんかにも登場する、わりと古くからある怪異の行動パターンだ。大抵被害に遭うのは夜中、対象はひとりで室内にいることが多く、ついでに外からかかる声は知人――家族や友人、配偶者など、繋がりが深くて信頼している相手である、と認識される場合が非常に多い。実際はもちろん違うわけだが。

 「つまり取り憑かれた令嬢方は、その扉問答に遭遇した、と?」

 「それも考えたんですけど……お嬢様っていつも、それこそ寝てる時でも誰かが控えてますよね? これ、発生するときは大抵一人っきりって前提があるので、ちょっと難しいかなぁと。

 わたしが気になったのは、こっちが許可すれば入って来れる、ってところです。それこそカギが閉まってようが、結界が張られてようが、どうぞって声掛けした瞬間に全部無効になるんですよ」

 「――あっ!」

 「そういうことか……」

 聞き手の三人がほぼ同時に息を飲んだ。良かった、言いたいことはちゃんと伝わったようだ。

 お嬢様たちが狙ってやったのか、それともたまたまそうなってしまったのかまではわからない。が、とにかく自分から招いたのであれば、いくら学院に強力な防護壁が築かれていても意味がない。そのくらい『自分で許可を出した』という行動は強烈な影響力を持つのだ。ことばを介するものだと、特に。

 「エレノア嬢、話はよく分かった。正直かなり頭が痛いが……」

 「つまり本人たちが入っといで、って言ったか、そう受け取られる言動をしてみせた、ってことか」

 「はい、多分。だから元気になり次第、ここ数日の行動を全部書き出してもらうといいんじゃないかと思います。側仕えのメイドさんとかにも訊いて」

 「ええ。その間、我々は今日あったことを他の生徒に周知して、軽挙妄動を慎んでもらえるよう働きかけましょう」

 「それが良いと思います。わたしも出来るだけお手伝いしま、……ふぇあ」

 話を締めくくろうとしたところで、こらえ切れなかったあくびが転げ出てしまった。……いかん、だいぶ恥ずかしい。せっかく落ち着いて話が出来たと思っていたのに!

 「うん、まあそうだよなぁ。キルシュハイムから飛んできて憑き物の対処して、ここでオレたちに説明もしてって、そりゃ疲れてるよ」

 「長々と引き止めて本当に申し訳ない……あまり長距離を移動させるのは酷だな。ロビン、隣に仮眠室があるから使ってもらってくれ」

 「承りました。エレノア嬢、ご自分で歩かれますか? 私がお運びしましょうか」

 「いいいいいいですいいです!! だいじょーぶですっ、自分で歩けますううううう!!!」

 その場の全員にめちゃくちゃ微笑ましいまなざしを向けられた上、これまた慈しみに溢れた笑顔のロビンにお姫様抱っこ寸前の体勢を取られてしまい。恥ずかしすぎて蒸発しそうになったエレノアだった。



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