第6話
とにかく、親切に勧めてもらったお言葉に甘えて、待っている間に庭をぐるりと歩いてみることにする。
高い鉄柵と外門を通過して、そのまま数分は走ったところにまた内門があって、そこから先がようやく邸の前庭という構造だ。最初にお客様の目に触れるところなので、
「……これ、もはや公園レベルの面積では??」
「ですねえ。お花の種類もめちゃくちゃ多いですもんね」
シーナに日傘を差しかけてもらい、一緒にてくてくと進みながらこぼすと、傍らからも素直な同意が返ってきた。ですよね、はい。
「別荘ってことは、多分避暑のための建物だから夏の間しかいないはずだけど……立派すぎない? ここ」
伯父宅にもちゃんと庭はある。しかし数代前から落ち目になっているリースフェルト家では、整備にもあまり潤沢に資金を割けない。猫の額までは行かないがそこそこ見られる、というレベルをかろうじて保っているに過ぎなかった。
だというのに、こちらの前庭園はどうだ。見渡す限り、と表現してもいいくらいの面積があるし、通路にはちゃんとレンガが敷き詰めてあるし、整然と植えられたバラはどれもいい香りのする花を株いっぱいに咲かせているし。似た景色が続いて飽きないように、という心配りか、あちこちに花木を絡めたアーチやガセボが作られているのにも目を惹かれる。
さらにはそのあちこちに、涼やかに水が舞う噴水まで点在していた。うんと遠景では記憶にあったとおり、立ち並ぶ常緑樹と、その向こうに透かし見える本館の白さが目に鮮やかだ。この風景を目に出来ただけでも、お邪魔した価値はあるのではなかろうか。
「……ん?」
のんびり景色を満喫していたエレノアの視界に、ちらっと光るものがかすめた。足を止めて向き直ると、ちょうど横手にあった噴水の縁が輝いている。舞い落ちてきた飛沫が溜まったのか、と近づいてみると、
「花びら……じゃ、ないか。なんか透きとおってるし」
エレノアの手のひら程度の大きさで、形はバラの花びらに似ている。だが薄くて硬質で、うっすらと緑がかったそれは明らかに植物由来の物質ではなかった。一番近いのは、前世で小さい頃に散々遊んだプラ板か、学校に持って行っていた下敷きか。しかしこのファンタジーな世界観で、化学合成物質がその辺りに落ちているとも思えない。
「わあ、キレイですねえ。何でしょう、貝がら? それとも何かの部品?」
「うーん、どれもあってるような、そうでもないような……」
「お嬢様が分からないんじゃしょうがないですね、ロビンさんにお聞きしましょう!」
「あっさり考えること放棄しないでよ~」
「ええー。だってエレノアお嬢様、お化け以外のことも結構お詳しいじゃないですか。少なくともメイド仲間はみんな言ってますよ、自信持ってください!」
「はいはい、それはどうも」
「――っ、――……」
「あっ、来られましたかね」
一応自分より年上だろうに、早々に丸投げする気でいるシーナにツッコミを入れていると、わりと近くで話し声らしきものがした。早速案内役が戻ってきたかと思ったが、どうも彼の声とは違う。もっとトーンの高い、若い女性か子どものものだ。それがおそらく二つほど、バラの茂みの向こうでおしゃべりを――
いや、違った。
「――って、待ってってば! じっとしてて、お願い!!」
『うっきゅ~~~~!!!』
明らかに言い争う声、というか片方は鳴き声らしいが。とにかくどたばた走る音と共に迫ってきた彼らは、間近の生け垣から景気よく飛び出してきた。
よりにもよって、エレノアのすぐ横手から。
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