第一章:幕開けは使者と共に

第1話



 「お嬢様ー!!!」

 「うわあ!?」

 『はわあっ』

 ばたーん!!! と景気よくドアを開け放つ音が、部屋どころか同じフロア中に響き渡る。

 そんな轟音と共に人影が突っ込んできたとき、部屋の主たるエレノア(と、木霊さんたち)はちょうど読書の真っ最中だった。反射的に振り返った先で、ゼイゼイと肩を上下させている知った顔を見つけて、呆れたのと困ったのが半々の顔つきをする。またか、この子は。

 「ちょっとシーナ、呼びに来てくれるのはありがたいけど、ドアはもうちょっと優しく開け閉めしてあげてね。そのうち化けるよ?」

 「ええっ!? これもお化けになっちゃうんですか!? ヤダごめん噛みついたりしないでっっ」

 「よーし、感心感心。――で、どうしたの? 今日はお昼から買い出しじゃなかったっけ」

 「……はっ!? そうでした!!」

 昨日聞いたスケジュールを思い起こして指摘する。素直にも必死の形相でドアに謝っていたシーナは、我に返るとすぐさま駆け寄ってきた。そして、

 「あのですね、旦那様たちからご伝言です! お客様がいらっしゃったので、すぐに支度してご挨拶なさい、とのことでした!」

 「…………ええー……?」

 『はわ……?』

 やり切った! と爽やかな達成感を醸し出す世話役メイド。がしかし、言伝を受け取ったエレノアは凄まじく胡乱な顔だった。手元の木霊たちもしきりに身をかしげている。

 (伯父さん、いつもお客さんが来るときは『絶対に出て来るな!』って言いつけるのに?)



 

 とにかく呼ばれたのは確かなので、手伝ってもらって大急ぎで着替えを済ませて、十分と少し程度で応接間の前に到着することができた。こういうとき、メイクをしない分時短できるのは子どもの特権だ。

 「失礼いたします、旦那様。エレノアお嬢様をお連れ致しました」

 「うむ、入れ」

 中から返ってきた偉そうな許可を受けて、うんとお淑やかな仕草で一礼して入室する。その瞬間、

 (ぐふっ!?)

 目に飛び込んだ光景に思わずむせた。そのまま笑い転げたくなるところを抑え込み、必死で平静を保って口を開いた。

 「ええと、遅くなって申し訳ありません、伯父さま。……あのー、どこで買ったんですか? そのカツラ」

 「ぬあっ!?」

 率直にもほどがある指摘に、思わずといった風情で片手を頭にやった相手。お客を迎えるためだろう、仕立ての良い服に身を包み、髪もヒゲもきちんと手入れした四十代半ばの中年男性だ。エレノアの父方の伯父にして、実家たるリースフェルト家の現当主であるダドリー卿である。

 いや、それはいい。それはいいのだが、問題なのは……

 (なんで? なんで伯父さんのヅラ、いきなりようになっちゃってるの!?)

 恰幅はいいけど背丈は平均より若干低めで、ふてぶてしい面構えなのにちょっとしたことで目がうろうろするから貫禄が足りず、最近頭頂部が気になるお年頃で実際にこっそりとカツラを愛用中。そんな伯父は今現在、なぜか七色に輝く部分用カツラを装着していた。

 その光り方というのが絶妙で、ぴかぴかと目を射るような激しさではない。どちらかというと真珠とか、質の良いオパールのような、艶やかで神秘的な柔らかい光だ。それこそ宝石だとか、最新の流行り的な絹織物だとか、そういう芸術品にこそ相応しい美しいものなのだ。

 なのに、実際に使われているのがカツラ。しかもダドリーの地毛は真っ黒のくせっ毛なので、余計にミスマッチで笑いを誘う。というか、横にいるシーナが息を殺して爆笑している。いいなあ思いっきり笑えて……

 「ちょっと待てエレノア! 何でこれがその、ヘアピースだと知っておるんだ!? シーナが話したのかっ」

 「は? いえ、彼女は何も……というか、これだけ目立ったらナイショも甘藷かんしょもないのでは」

 「目立つわけなかろうが、さっき頂いたばかりの最新式だぞ!! ええいもう、相変わらずいい加減なことばかり言いおって……!!」

 「――あなたッ!! 少しは落ち着いて下さいな、そんなだからこの子が増長するんですよ!?」

 泡を食う、という表現がぴったりの取り乱し方をしているダドリーの横手から、ぴしゃりと言い放ったのは同年代の女性だ。きっちり結い上げている赤みがかった金の髪、そこそこ整っているが釣り上がった目元が狐を思わせる面差し。これまたフルオーダーの日中用ドレスを着込んで、上流の淑女に相応しいスタイルである。

 言うまでもなく、伯父の妻であるパニスティ伯母だ。日頃そうしているように扇で口元を隠しつつ、その陰からじろりとエレノアを睨んでいる……のだが。

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