――エレノアには、いわゆる前世の記憶があった。あったというか、正確には後から思い出したのだが。

 よくある西洋ファンタジーっぽい異世界で、とある田舎の小貴族の一人娘として生まれた彼女は、しばらくはなんの問題もなく普通に暮らしていた。六歳のとき、乗っていた馬車の事故に巻き込まれるまでは。

 不幸にしてその際、同乗していた両親は死去。エレノアもまた重傷を負い、長いこと生死の境をさまよった。そして目が覚めた時には――

 (前世のことを思い出してて、ついでにいろいろ視えるようにもなってたんだっけ……こういうのとか)

 自室に帰ってきたエレノアは、そっと両手を前に出した。すると、水を掬うときのように合わせた手のひらに、ふわふわと光の玉が集まってくる。色は明るいミントグリーン、ピンポン玉くらいの大きさをしていて、中ほどにちょこんとつぶらな瞳があった。そんなものが三、四匹ばかり、手のひらの上でころころとじゃれるように飛び跳ねる。

 「ただいま、木霊こだまさんたち。待っててくれたの? ありがとね」

 『『『あーい!』』』

 可愛らしい高い声で応えた彼らは、邸裏の森に棲んでいる木々の精だ。基本的に無害な存在で、あまり人前には出てこないはずなのだが、姿を認識できるエレノアには懐いてくれている。無邪気な姿は日々の大切な癒しだった。

 「……うーん。大学で散々研究したけど、まさか自分の目で見れる日が来るとは思わなかったなぁ。妖怪」

 民俗学が好きで、もっというと各地の言い伝えに登場する妖怪や精霊が大好きで。その思いが極まった結果、恐ろしくコアな知識を持つに至ってしまい、一部の知人からは『妖怪博士』『アヤカシ愛ずる姫君』なんてあだ名をつけられたものだ。

 しかし何故、このいかにも西洋っぽい異世界に和モノの妖怪が出没しているのだろうか、と思わなくもない。楽しいのは楽しいが、どこから迷い込んでくるんだろうか。

 「ま、いっか。そのおかげで今、結構楽しく暮らせてるし」

 シーナみたいにカンが良くて、人外の存在を感知できるせいで怖い思いをしている人を助けてやれるし。そのおかげで少ないながら、人外込みで知人も出来たし。最初いびられそうになった身内を撃退できて、現在進行形で撃退し続けてるし。

 ……うん、別に何も困ってないな? わたし。

 「はい、一件落着。おやすみ木霊さんたちー」

 『『『あ~い』』』

 枕元でほわほわ光る木霊をルームランプ代わりに、とっととベッドに潜り込んだエレノアが目を閉じる。足音だけの妖怪に出会うまで歩き回った疲れが、今更のようにやって来て、夢を見る間もなくすこんと眠りに落ちていた。






 「――そう、リースフェルト家にそんな子が」

 どこかの暗がり。常夜灯の光が照らす空間で、ぽつりとつぶやきが零れた。囁くような声に、すぐに別のものが応える。

 「ええ、街でも評判だとか。お若いながら博識で、なおかつ親切で勇敢なお嬢さんだそうです」

 「勇敢……、でも、急に呼んでは困らないかしら……?」

 「大丈夫です、私が上手にお伝えしますから。貴女がお望みならば、全力を尽くしましょう」

 温かく請け合う相手の言葉に、最初の声はうん、と小さく答えて考えている風情だった。しばしの後、思い切ったように大きく息を吸って、口を開く。

 「……ありがとう、お願いします。どうかその人を、この館へ」

 



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