第30話 〜「今日がいい……」〜①




  ◇◇◇【side:帝国アドクリーク】




 ピキキキキッ……!!



 遠くに見えた氷柱を全員が見つめる。



「気配が消えたね……」



 ようやく呪印が落ち着いたが、自分が不能になったとは気がついていないフェルマリエンが呟く。


 あまりに早すぎる決着。


 魔人(ノーネーム)と対峙したエルフたちと帝国アドクリークの面々は対照的な表情を浮かべる。


 エルフたちは“ユアンリーゼが更に強くなっている”とエルフ族最強を誇らしげに微笑み、アドクリークの者たちは“なんて男だよ?”とルーカスの底知れない実力に顔を引き攣らせたのだ。



「……“共同戦線”の申し出。わたくしたちも補給や戦力は多いに越したことはありませんし、確かに悪くありません。でも、“見ての通り”、対等と言うわけにはいかないでしょう?」



 ティエリアはエルフ族の武力を誇示しようとバロンに向かって薄く微笑むが……、


「……そうだな、俺の一存じゃ決められない」


 バロンは、ルーカスが「アドクリークの同行を許可してくれるか?」、「エルフ族に対してどう思っているのか?」がこの話し合いの成否を決めると判断した。



(……このエルフの感じとスピード感からして、ルーカスは“共闘”したんだろうな。上手くいけば五分五分……いや、六、四の関係を築けるはず……だが……)



 バロンはここで「ふっ」と苦笑した。

 ルーカスという男が一筋縄ではいかないことをこの数日間で痛いほど知っているからだ。



(おかしいですね……。ユアンリーゼの力量を把握していないようなマヌケには見えませんが……)


 一切、怯んだように見えないバロンに、ティエリアは眉を顰めつつ、“なにか”を見落としている可能性を模索し始めた。



「とにかく、合流を急ごう……。俺たちがダラダラしてたら“上”に上がるかもしれない」


「……そう、ですね」



 ここでティエリアはユアンリーゼが人間(ヒューマン)といることを確信し、情報を引き出そうとフェルマリエンに視線を向けるのだが……、



 ポーッ……



 1人の少女に睨まれて、頬を染めている“精霊王の化身”の情けない姿を視認してしまう。



「“みんな”を消したのはアナタだよね……? レイア、アナタは絶対に許さないから……」


「えっ、あっ……な、何さ。“劣等種”のくせにさ! 精霊王の化身の僕に向かって生意気、」


「……へぇ、そうなんだぁ。……すごいね」



 ニコッと笑顔を向けたレイアにフェルマリエンはバクンッと心臓を高鳴らせる。


 精霊にこよなく愛され、女神に精霊を従えることを許され、精霊神の瞳まで授けられた少女は、幼く可愛らしい笑顔の裏で、“いい事”を思いついていた。



 ゴクッ……



 一連のやり取りを眺めながら、最悪のシナリオが浮かんでしまったティエリアは息を呑んだ。


 だが、ティエリアにとっての“最悪のシナリオ”は、すでに進行していた。





  ※※※※※【side:リリア】



 ――121階層「火山噴湖」




 トンッ……トントンッ……



 料理を進める手が思うように進まない。


 ボクたちは121階層の主であるマグマを泳ぐ鮫、煉獄鮫(パーガトリーシャーク)を屠ることなく歩みを進め、以前使っていた拠点に戻ってきた。



 ――あはっー! 君、気候にも干渉するんだ!?



 エルフさん……、“ユアンリーゼさん”はルーカス君に興味津々みたい。でもこれは……、ボクたち“オークウェル”にとっては当たり前の状況。



 ――ククッ……、ダンジョンってのは気候が変わらねぇのに無駄に圧力をかけて来やがるな。



 ラスト君たちはこの景色を笑ってたけど、“第三者”から聞かせられれば、やっぱりルーカス君のおかげだったんだと実感してばかりだ。



「ねぇねぇ、君は人間(ヒューマン)のくせに、なんでそんなに強いの?」


「…………」


「その左眼の傷は? 随分、古いみたいだけど何と戦って出来たのかな?」


「…………」


「ユアンもいっぱい大怪我してたけど、“ティア”が傷一つなく治してくれるんだぁ! 君の傷もティアなら消せるかも!」


「…………」


「ねぇ! 聞いてるのかな? 寝たフリは辞めて欲しいな! ユアン、君のことをもっと知りたいんだぁ!」


「…………」



 2人はずっとこんな調子だ。


 あの“魔人?”を2人で倒したあと、ユアンリーゼさんは興奮したように喋り始めた。


 自分の名前。種族。


 そして、ルーカス君がいかに規格外な存在なのかをトクトクと語り続け、根掘り葉掘りルーカス君の過去を追求し始めた。


 だんだんと顔を引き攣らせ、あまり動かない表情に『めんどくさい』という文字が見えたかと思えば、ボクの手を引いて歩き始めたルーカス君。



 ――ねぇ、待ってよ〜!


 ボクは無邪気に後を追ってくるユアンリーゼさんを気にしている暇はなかった。


 頭には先程の戦闘が繰り返し蘇っていた。


 無駄のない完璧な連携。

 ルーカス君に“合わせられる”存在。

 

 守られることしかできないボクとは違う。



(……“結婚”……かぁー……)



 ユアンリーゼさんはとても明るくて、可愛らしくて、無邪気で、素直に言葉を紡ぐ。


 これから先のダンジョン攻略に、彼女の強さ……ルーカス君の隣に立つのは彼女しかいない……。


 そう思わせるような連携だった。



 ――エルフ!



 ユアンリーゼさんを指揮したルーカス君。

 ルーカス君に“頼られた”ユアンリーゼさん。


 頭ではわかってる。

 でも、心がついて来ないんだ。

 

 ユアンリーゼさんにもボクにするような気持ちよくて身体の奥が熱くなるようなキスをするのかな?


 ルーカス君がユアンリーゼさんのスラリとした綺麗な身体に触れ、愛を注ぐのかな?



 頭の中が色恋沙汰ばかりだ。


 ……仕方ないや。

 誰が見たってボクより優秀なんだ。

 綺麗なんだ。可愛らしいんだ……。


 ルーカス君はボクの所有物じゃない。

 ボクなんかが口出しをする権利はない。



 どうすればいいかなんて誰でもわかりきっている。



 でも……、でも……、



「……いや……だなぁ……」



 心の声が口から溢れる。


 ボクはこんなにも独占欲が強かったんだ。

 ボクはいつのまにかこんなにもわがままになってしまっていたんだ……。



 ひょこっ……



「ルーカス……君……?」


「……リリア、どうした?」


「えっ、うぅん……。何でもないよ?」



 ボクは取り繕うように笑顔を返すけど、ルーカス君の吸い込まれるような黒眼はボクを逃がさない。



「ねぇねぇ! ずっと気になってたけど、君も何者なの?! 本当に人間(ヒューマン)!?」



 見つめ合うボクらの反対側からひょこっと顔を出したユアンリーゼさんにハッとして仰け反ると……、



 ガシッ……



 ルーカス君に支えられる。



「リリアは女神だ……」



 耳元で聞こえるルーカス君の声に自分の耳を疑った。


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