第12話 ◆オークウェルの災難◆




   ◆◆◆



 ――124階層「千本岩」



「全て貴様のせいだぞ、ラスト!!」

「死にてぇのか、このクソ盾!!」

「ええ加減にせんか! 2人とも!!」


 胸ぐらを掴み合うラストとドイル。

 それを仲裁するマーティス。


「……もう……いや」


 涙混じりに頭を抱えるヒルデはボロボロである。



 貴族出身である4人が初めて経験する飢餓感。


 この10日間で口にしたのは、リリアが残した調味料と乾燥させている野菜、燻製にした干し肉と水……。


 それは7日前を最後としている。


 食事を摂生し、きちんと計画的にこなしていれば14日程度は問題ない量の食料を3日間で食べ切ってしまったのは、暇を持て余していたからに他ならない。


「あの奴隷を置いておけばよかったのだ!!」


「何回、同じ話をしやがる!? 俺に逆らってタダで済むと思ってるのか!? 伯爵家の分際で公爵家である俺に楯突くなど叩き斬られても文句は言えねぇぞ!」


「この“死地”で身分差を咎めてなんになる!? 貴様の選民主義がこの状況を作り出していると気がつかないのか!?」


「……テ、テメェがそれを言うのか!? ……ぶっ殺してやる!!」


 

 チャキンッ……


 ラストは苛立ちのままに剣を抜き、ドイルも応戦するように盾を構える。



「ええ加減にせぬか!! お前たち!! 《四天槍》!!」




 ブワァアッ!!




 マーティスは「火」と「水」の槍をラストの背中に、「風」と「岩」の槍をドイルの背中に創造する。



「真剣に現状を話し合わねばならん!! 内輪揉めなどしている場合ではないのじゃぞ!!」



 マーティスはすっかりコケた頬の顔に怒気を滲ませる。



 “オークウェル”は壊滅寸前だった。


 食料を調達できない。


 先に進むことができないのだ。

 戦闘の時間遅延と戦闘音は、魔物たちを刺激し複数体を相手にすることを意味し、何度、先に進もうとしても逃げ帰るばかり。



 ――このクソ蟹……全然、攻撃パターンが違うじゃねぇか!!



 “後ろ”に退がることもできず、孤立無縁の状態で拠点に留まる事しかできていない。食糧難に痺れを切らし、上の階層に帰ろうと転移陣に向かえば、



『コポコポッコポォッ……』



 泡を吐く巨大蟹……。一度は討伐できたはずの、123階層「泡立洞窟」の階層主であるカルキノスに阻まれ続けている。



 ラストたちは困惑と焦燥に、激しく混乱した。


 空腹? 焦り? 恐怖?


 自分たちの現状に理由を探し続け……、


 進化? 成長? 強化?


 先日とはまるで違うカルキノスの強さに慄いた。


 当然のように《自動修復》し、色彩豊かな多種多様の《泡(バブル)》を無限に生み出し、近づくことすらままならない“化け物”を前に、ラストたちは1分ほどで敗走した。


 頼みの綱であった回復薬(ポーション)も底をつき、リリアの存在を嘆くばかり。


 ドイルはもちろん、マーティスも心の中で考えていた。


『リリア・ワーズリッドが自分たちを支えていたのではないか……?』


 これは、元奴隷の身でありながら選出されたことが一つ。


 もう一つはどれだけ罵倒しようが忌み嫌おうが、常に献身的に雑務を引き受け続けていたリリアならば、戦闘時にも「ナニカ」していたのではないかと言う疑念によるものだ。


 急に全てが上手くいかなかった。

 その共通認識もこの結論の一因である。


 どちらにせよ、今更嘆いたとしても現状は変わらない。回復薬(ポーション)もない今、攻略を中断せざるを得ないのだ。



 124階層に進んだはいいが、屈強な魔物たち。

 ドロップ品を回収する暇も、魔獣の姿もない。


 「そもそも124階層の魔物たちは食材ドロップをしない」


 それはラストたちが進めていないだけであったが、牛狼(ミノウルフ)ばかりを相手にしているラストたちはそう結論付けた。



 食料のない不安感、仲間たちへの不信感。

 自分は悪くないという自己防衛。


 『死』への恐怖にヒルデは壊れてしまった。

 ラストの“モノ”を口に入れられた時、半ば無意識に歯を立て、激昂したラストに殴られ蹴られ……、もう3日間、調味料をなめることも許されず、水しか飲んでいない。


 色が消え失せ、虚無を滲ませる瞳は、さんざん「気持ち悪い」と言い続けたルーカスの「死んだ魚のような目」と言えなくもない。



 まさに、ドン詰まりだった。



 だからこそ……、




「やれるもんならやってみろ……」

「こんな“槍”で私が怯むとでも……?」




 マーティスの静止は火に油を注いだ。


 ラストはニヤリと笑い、ドイルは冷ややかな視線を向ける。


 これは、マーティスの攻撃魔法が牛狼(ミノウルフ)や化け蟹(カルキノス)に傷一つつけられないことへの嘲笑と、魔物からの攻撃を一手に引き受けパーティーの役に立っているという自負だ。



「……ッ!! 小童(こわっぱ)が!!」



 それを即座に理解したマーティスは羞恥と憤怒に顔を赤くさせ、怒りのままに火、水、風、土でできた槍を操作しようとしたが……、




 ポワァア……!!



 薄暗い「千本岩」を眩い光が包み込む。



「「「「……」」」」



 4人は久しぶりの太陽のような眩さに目を細めて絶句し、そして、息を呑んだ。



「……はぁ、はぁ、はぁ……」



 目の前に現れたのは息を切らしたボロボロの美女。

 明らかに疲弊し切っていながら、“5人分”の荷物を持って現れた1人の美女。



「くっ……。オ、“オークウェル”の皆様ですか……? わたくしは“エンリメネス”の、」


「“ティエリア”」


 ポツリと呟いたラストはニヤァアと口角を吊り上げた。


「いかにも……。わたくしは“ティエリア・フォン・エンリメネス”。……わたくしを皆様のパーティーに。そして、攻略の暁には、我が王国への便宜を!!」



 ティエリアは金眼に大粒の涙を溜め、グッと唇を噛み締めながら深々と……地面につくほど頭を下げた。



 エンリメネス王国。

 東西南北の国に攻め入られ、大陸1の小国と成り下がった国の名だ。


 しかし、滅亡はしていない。

 それは1人の少女の存在のおかげである。


 それが、ティエリア・フォン・エンリメネス。

 【女神の雫】と呼ばれる万能薬(エリクサー)を生み出すエンリメネス王国の『聖女』と呼ばれる存在にして、第三王女の肩書きを持つ絶世の美女。


 “弱小国の聖女”。

 “救済の女神”。

 “地上に降り立った天使”。


 数々の異名は彼女の功績に起因する。


 彼女は最小、最弱の王国ながら『不死の軍勢』と呼ばれる軍を生み出した。



 エンリメネス王国の武力を世界に認めさせた張本人の来訪なのだ。



「……他の者は?」


 ラストは込み上がる笑みを堪えるのに必死だった。



「わたくし以外……うっ……全滅……致しました」



 ティエリアは頭を下げたまま涙を流した。


 記憶した魔力の元に転移する魔道具の使用。

 本来であれば、攻略達成間際での使用を狙っていた“最弱国”。


 100階層「黒霧(ブラックミスト)」の階層主から自分の命を守るため、身を挺して守ってくれた仲間たちに無理矢理救われてしまったティエリア。



「お願い致します……。お願い致します……。わたくしをあなた方と共に……。そして、我が国への便宜を……」



 ティエリアは1番先行しているパーティーに懇願した。“泥舟”への乗船を自ら志願してしまった。



「ククッ……それはお前の働き次第だな……」



 ラストは口角を吊り上げる。


 ボロボロのティエリアを見下ろしながら“いろいろな事”を妄想しながら唇をペロリと舐めた。



 だからなのか……。

 

 息をするのも忘れてティエリアに見惚れていたドイルに気が付かない。


 万能薬(エリクサー)の出現に居場所が無くなることに焦るマーティスに気が付かない。


 絶世の美女の出現に「死」が近づいたことを察し、恐怖するヒルデに気が付かない。


 懇願しながら大粒の涙を流す美女の「本当の素顔」に気が付かない。


 この出会いは、吉か、凶か……。

 ティエリアの加入が、崩壊を加速度的に押し上げることになるのだった。




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