第13話 〜視姦しよって!!〜




   ◇◇◇【side:キューリエンヌ】




「ふざけるな! なんで俺がそんなクソめんどくさいことしなけりゃいけない? 同行なんかするばずがないだろ」


「そう言うなよぉ〜! 俺はそもそもが反対なんだ! なにが“代理戦争”だよ! みんなで力を合わせて攻略しちまった方が“世界のため”になるだろ?」


「はぁ〜……ヘドが出る。お前の思想と存在が……」


「……カッハハハハッ! ひでぇな、おい!!」



 私が目を覚ますと見知らぬ男がバロンと談笑している。



「……ハハッ……な、なんだい、この《浄化(パージ)》」


「リリアさん、すごいですぅ!」


「えっ? いや……えっ?」



 すぐそばでは驚嘆するマーリン様と、緑と青の瞳をキラキラさせているレイア。


 見知らぬ銀髪碧眼の少女は帝国の焼き菓子を手に困惑した様子で、見知らぬ男性とマーリン様たちをキョロキョロ……?



(…………えっ? だれ?)



 って、いや!! 



 ガバッ!!



 私は勢いよく起き上がる。


「……起きたか?」


「し、師匠……っ!!」


 欠損箇所すらない師匠にジワリと視界が滲む。


 よかった。

 本当によかった……。

 マーリン様も、師匠も……バロンもレイアも……。


「うぅっ……!! 師匠ぉお!!」


 私は感涙のままに師匠に飛びつこうとするが……、



 チャキッ……



 首元でピタリと止まった師匠の愛刀に動きを止める。



「それは、自分のせいでワシらが犠牲にならなくて安堵したのか? それとも死を間逃れたことに歓喜したのか? 自分の行動を顧みてみろ。まず、すべきことはなんじゃ?」



 師匠の言葉にゴクリと息を呑む。


 怪しく光る鋭い眼光は初めて出会ったときよりも凄みを放つ。首の後ろがジンジンと痛い。つい先程の記憶が蘇り、途端に恥ずかしくなってしまう。



 ドガッ!!



 私は勢いよく地面に頭を叩きつける。



「み、みんなを危険な目に遭わせて申し訳ありませんでした! 木の根に気持ちよくされて我を忘れてしまい、本当に申し訳なかったです!!」




 シィーンッ……



 ……な、なにを言ってるんだ、私は……。



「ぷっ……カッハハハハッ!! よくそんな恥ずかしいことが言えるな、キュー! ジェイドも説教は後にしてやれよ。その前にさっさと服を着替えないと、“ルーカス”の凝視が続くぞぉ?」



 クルリと振り返り高笑いをするバロンに視線を向けると、



 バチッ……



 “死人(しびと)”と目が合った。


 左眼の傷跡。

 ボサボサの黒髪。

 光を感じさせない黒眼。


 まるで色を写していないかのようだ。



 ゾクゾクッ……



 目は合っているはずなのに、目が合っていないような矛盾に私の背筋が警鐘を鳴らすが……、



「ふっ……、なんだ? 着替えを手伝って欲しいのか?」


 

 無表情ながら小馬鹿にしたような物言いにハッと我に帰り、自分の衣服と装備がひどいものであると自覚する。



 ブワァッ!!



 一瞬にして顔に熱が込みあがり、慌ててはだけている胸を隠す。



「だ、誰だ!! 貴様!! 死んだ魚のような目で視姦しよって!! め、目玉をえぐられたいの、きゃ!!」


 

 ゴチンッ!!



 頭への衝撃に舌を噛む。

 振り返れば師匠が不気味な笑みを浮かべていた。



「ワシらの命の恩人に大層なことを言うのぉ? 身体の一つや二つ捧げて、感謝と責任を取るくらいの誠意を見せてみぃ……」


「……へっ?」


「ワシとマーリンはそこのルーカス殿に救われて今も息をしておる。貴様の尻拭いをしてくれたのはルーカス殿じゃ」


「…………っ!! えっ、あっ……え……?」


「……次になにをせんとあかんのかはわかるの?」 



 師匠は一切笑っていない鋭い眼光のまま、ニッコリと首を傾げた。


「あっ、りがとうございました……」

 

 幼い頃から鍛えられてきた私は、反射的に頭を下げたが、実際のところは納得はできない。


 こ、この男が?

 師匠とマーリン様を“助けた”?

 

 冗談でしょ? 強者がまとうオーラも何もない。正気すら感じさせないこの男が、2人を……?


 いやいや、……そんな者が存在してたまるか!


「……」


 言葉を返してくれない男の顔色をうかがえば……、



「……ふっ、めんどくさっ。……“リリア”、こっちに来い……。“ちょこれーと”は『生きてるヤツ』に貰えればいい」


 全てを見透かしたように吐き捨て、支離滅裂なことを口走る。



「「「「「……?」」」」」



 “私たち”が首を傾げる中、じんわりと頬を染めた銀髪碧眼の少女がトコトコと“死人”へと歩いていく。



「まぁ、頑張れ……。ジジババが本気を出せば問題なく全員生き残れるだろう」


「……な、なにを、」


「ふっ……、万が一の時も安心しろ。“ちょこれーと”を頂くまでは1人……“ジジババ”か“メスガキ”は生かしてやる」



 男は私たちを笑いながら“リリア”と呼ばれた女性の手を引きトコトコと歩き始めた。



 な、なんなのだ……? 

 この2人は……?



 未だに師匠とマーリン様を“救った”と言う言葉に違和感しかない私は、眉間に深く皺を寄せ“みんな”と視線を合わせようとする。



 が……、



「……お、おい、ルーカス?」


 困惑するバロン。


「……」


 キョロキョロと周囲を警戒する師匠。


「……“我が魔力を喰らいて魔を示せ――”」


 《感知魔法》を展開し始めるマーリン様。


「……ッ!! 強大な魔力量の個体が来ます! 総量が多くて方角はあいまいです!!」


 私たちの『索敵係』が声をあげる。





 ザザッ!!



 


 私たちは戦闘体制に入る。




「“11時”じゃ!!」



 正確な位置を割り出したマーリン様が叫ぶと……、



「……カッカッカッ。本当に“底”がしれん……」



 師匠は刀を抜きながらポツリと呟く。


 この声が聞こえたのはきっと私だけ……。

 言葉の意味を理解しながら私も剣に手をかける。



 …………レ、精霊(レイア)より……早く……? そんなことって、あり得るの……?


 

 ズワァアッ……



 やっと私も「なにか」に気がついた。



 バキッ……バキッ……バキッ、バキバキッ!!



 木々の枝が折られる音が辺りには響き始める。



 ゴォオオオオッ!!



 地響きが足から伝わり始めた。



「おそらくは……階層主……」

 


 マーリン様の言葉に緊張感が張り詰めるが、私は集中力を欠いていた。だからと言って、階層主とは「真逆の方向」に歩いて行った背中を振り返ることはできない。




『キェエエエエエエッ!!』




 真っ赤な葉を携えた黒い大木。

 122階層「森林樹海」の階層主“爆葉黒樹人(ニトロトレント)”の咆哮が周囲の空気をつんざいたからだ。



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