第2話 〜リリアの決意〜
◇◇◇【side:リリア】
――123階層「泡立洞窟」
「クククッ……。それにしても、あんなにあっさり受け入れるとはな!」
このパーティーのリーダーであり剣士のラスト君が巨大な化け蟹「カルキノス」を頬張りながらニヤニヤと笑うと、盾役のドイル君もあきれたように鼻で笑う。
「フンッ。自分の力量を把握できないヤツから死んでいく。ここはそういう場所なのだ」
「アハハッ!! マジありえなかったよね? あそこは泣きながら“ドゲザ”するとこだし!」
「フォッフォッ、おらんくなった者を笑っても仕方ないじゃろぉ? アヤツはどの道ここより先では生きておらんじゃろぉしのぉ」
拳闘士のヒルデさんも、魔導師のマーティスさんも、ボク以外のメンバーはルーカス君を追い出した事を笑ってばかり……。
(ダメだ……味しないや……)
ボクはただ黙って自分で調理した蟹を口に運ぶ。
ルーカス君がいないだけで、こんなに心細い……。周りが貴族出身の人たちばかりなのが理由じゃなくて、
――今日もいい仕事をしたな。
あの何を考えているのかわからない無気力な笑顔でボクの料理を楽しんでくれる人がいなくなっちゃったから。
――ふっ、めんどくせぇヤツら……。
結成当初、この4人にいじめられていたボクを庇ってくれたルーカス君がいなくなったから……。
無造作でいつも寝癖がついている黒髪。
無気力でいて全てを見透かしているような黒眼。
いつも、無表情で「めんどくさい」とボヤキながら、「まだ眠い」と大きなあくびをしてはラスト君たちをサポートをしていた。
ルーカス君の【凪】というスキルはよくわからなかったけど、階層ごとに変わる気候や瘴気を無効化?していたり、休息時や戦闘時に結界?を張ったり……ちゃんとサポートしていた。
スラリとした四肢でスタイルが良くて、バランスの取れたカラダ付きは一流の剣士のように軸が見える。
左目に古傷があるし、本来ならもっと強いのだろうけど、それを秩序のために隠しているってボクは感じてた。
……ルーカス君は水みたいに動く人。
無駄な動きが一切なく、「歩く」という単純動作ですら綺麗な人……。
きっと自分でも戦えるのに、4人の……いや……、
――絶対にお前を死なせはしない。だから、食事とか、荷物とかは全部お前に任せる。
ボクのことまで仲間の一員として、サポートしてくれていたんだ。
確かに、ルーカス君がわざわざ「スキルを使用した」とは口にしなかった。けど……、少し考えればわかることなのに……。
それなのに……。
こんなのおかしいよ……。
「おい、聞いてんのか!?」
「えっ、あっ、はい! どうしたの? ラスト君」
「“どうしたの?”じゃねぇよ。さっきはよくも俺たちの決定に意義を唱えたなって言ってんだよ」
「……で、でも、勝手にメンバーを追放するなんてやっぱりよくなかったんじゃないかな? ボクたちは予言の巫女様に、」
「はぁ? 何の役にも立たねぇ雑用のくせに、調子に乗ってんのか……?」
「そ、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、なんだってんだよ? お前は喋らず、邪魔せず、雑用だけやってればいいんだよ!」
ラスト君は瞳を鋭くさせる。
「……ご、ごめんなさい」
ボクはルーカス君みたいになれない。
人としての強さも役に立てる能力も、ボクは何も持ってない。なんで予言の巫女様に選ばれたのかもわからない。
雑用と簡易的な回復(ヒール)と浄化(パージ)。スキル【聖治浄化(セイチジョウカ)】といえど、ボクが出来るのは聖属性の初級魔法だけなのだ。
このパーティーを去らないといけないのはボクなのに……。それなのに……。
「ククッ……まだお荷物が一つ残ってるな」
「待て、ラスト。雑用は必要だ。戦闘に集中するためにも、奴隷の1人はいた方がいい」
「えぇ? そうかなぁ? 別に要らなくない? ウチだって料理くらい出来るしぃ」
「フォッフォッ、ヒルデ殿に料理できるとは意外じゃの」
「ちょっと! どういう意味よ! マーティス!」
「「「ぷっ、アハハハッ!!」」」
ボクも周りに合わせて「あははっ……」と顔を引き攣らせるけど、心にはどんよりとしたものが充満していく。
『奴隷』……か……。
ははっ……。やっぱそうだよね。
……人間、そうは変われないんだ。
「んじゃ、そろそろいくか! 次で124階層だ!」
「まだ食事が残っている。食べられる時に食べておいた方がいいんじゃないか?」
「賛成〜! 少し休憩していこーよ! ウチ、この固い甲羅を殴り続けてクタクタだしぃ」
「フォッフォッ、そうじゃな。ワシらが1番先行しておるし、少しゆっくりしてもええじゃろぉ。2番手は“アドクリーク”……帝国じゃったか?」
「確か119だったな……。まあ少し休んでもいいか……。お荷物もいなくなったし、ここから更に攻略スピードが上がるだろうしな!」
そう言ってまた雑談をはじめたラスト君たちの会話を聞きながら、ボクは拳を握ることしかできない。
“ルーカス君はこのパーティーに必要だ!”
そんな当たり前のことを口に出せずに立ち尽くしてる。
でも……、これでいいんだ。
ボクなんかがいくら言ったって何も変わらない。
ボクはただみんなの雑用をして、サポートして、選んでくれた巫女様に恩返しをするんだ。あの地獄から救ってくれた巫女様のために……。
優秀な4人が言うなら、きっとそうなんだ。
ボクはただ雑用を……。これまでのマップを作ったり、戦った魔物の特徴を記録したり……食事や洗濯をしたり……。
だって、そのために選ばれたんだから。
4人とも優秀すぎてほとんど怪我もしないし、ボクが出来るのなんて本当にそれだけしかないんだから。
そ、それに……、ルーカス君なら1人でも大丈夫だよ。
もしかしたら「これでいつでも寝れる」なんて喜んでいるかもしれない。みんなに無視される事も、「無能!」とバカにされることもなくなって……。
「うっ……ぅぅっ……」
ボクは……本当に言い訳ばっかりだ……。
――今はもう奴隷じゃないんだろ?
『元奴隷』のボクにそう言ってくれたルーカス君に救われたのに。“リリア・ワーズリッド”として人生をやり直すと決めたのに。
ボクはまた『奴隷』に戻ろうとしている。
そんなのは絶対にいやだ……!!
ゴクリと息を呑み、“自分が何をしたいか?”を自問する。
考える前に出ていた答えを改めて再確認し、
(……大丈夫。ボクはもう奴隷じゃない……)
声を上げる勇気を溜め込む。
「獣国のヤツらは拍子抜けだったな」
「ねぇー! ほんと身体能力だけのバカって感じ? アハッ、きっと頭も獣なんだよぉ」
「獣人は女神にスキルを与えられん種族じゃし、無理もないじゃろお?」
「所詮、ゴミの集まりだったってわけだな」
「まったく。お前たちは……。敵のことより、自分たちの最善を尽くし続けることこそが重要なのだ」
「ドイルってば、そればっかりぃ!」
「フォッフォッ、まあドイルが正しいわい!」
ボクが涙を流していても一切気が付かないこの人たちより、ボクにとって大切なのは……、大事なのはルーカス君の方だ。
……ふふっ、ボクが食事を用意しなきゃ、めんどくさがり屋のルーカス君は飢えちゃうかもしれないしね。
ボクはいなくなってしまったルーカス君を想い、再度勇気を振り絞りながら大きく息を吸い込む。
「そろそろ行くぞ。124階層でいつも通り拠点を確保し、」
「あ、あの!!」
声を上げると4人から一斉に視線を浴びる。
言葉を遮られたラスト君は眉間に皺を寄せて、ドイル君は冷ややかな視線。ヒルデさんはニヤァと笑みを浮かべてて、マーティスさんは威圧的な無表情で小首を傾げてる。
「ル、ルーカス君を連れ戻しに行こう!! やっぱり、ボクは巫女様が選んだ全員が必要だと思うから!!」
ドクンッドクンッとうるさい心臓。
握りしめている手にはじんわりと汗が滲んでいる。
でも、ボクはちゃんと自分の意思を言葉にした。
ボクが1人でルーカス君を追ったって、魔物に遭遇すれば簡単に死んでしまうかもしれない。
だから……みんなで……。
「「「「ぷっ、アハハハハッ!!!!」」」」
突然の笑い声にボクは知らずのうちに伏せていた顔を上げる。
「クハハッ、本気で言ってるのか? もうどっかでのたれ死んでるに決まってるだろうが!!」
「フンッ! 何を言い出すかと思えば世迷言を」
「アハハッ!! うんうん! 行きたいなら行って来なよ〜!! もちろん、1人で! 元奴隷とゴミクズでちょーお似合いじゃん!」
「フォッホホッ! やはり、教育を受けておらんのじゃな! 屍(しかばね)を連れ戻されても困るぞい?」
とても愉快そうに笑っている4人に呆気にとられる。
共にここまで一緒にやって来た仲間の死を嗤う姿に言葉が出ない。4人に狂気じみたものを感じると同時に、本当にルーカス君の力量を把握していないみんなに驚愕したのだ。
「死にたいなら荷物を置いて勝手にしろ。別にお前の調味料があれば、食事などどうにでもなる。ヒルデも料理を作れるらしいしな! クククッ……」
「ちょっと、ラスト! 信じてないでしょ? これでも子爵令嬢なんだよ? 料理は淑女の嗜みだし、可憐で内気な令嬢を演出するには有効なんだよぉ?」
「フォッフォッ! なるほどのぉ! どうりで料理と無縁そうなヒルデ殿が習得しているはずじゃわい!」
「フンッ。腹の黒さは元からと言うわけだな」
「ちょっと、みんなひどすぎぃ」
また笑い合っている4人を呆然と見つめていると、ラスト君がボクの前に立つ。
「元奴隷のウジ虫……。ちょうどいい。お前も消えてくれりゃ俺のパーティーはより完璧になる」
「……」
「誰にでもできる雑用係より、他のパーティーを壊滅させ、より優秀な雑用係を奪えばいいしな」
「…………」
「ほら、さっさと行ってこいよ。クハッ……、あのクソ無能の死体に会う前にテメェなんぞすぐに魔物の餌になるだろうがな……」
そうか。やっとわかった。
この人たちはボクやルーカス君を最初から仲間と思って無かったんだ。ボクのこれまでの努力も、ルーカス君のサポートも……知ろうとすら、考えようとすらしていなかったんだ。
「……お世話になりました!!」
ボクはガバッと頭を下げて、ルーカス君が去って行った方向に歩いた。
後ろから「アハハッ!」と4人の笑い声が聞こえたけど、なんだかとてもスッキリした気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます