第3話 あれ? ……なにしてんの?




  ◇◇◇



 ――123階層「泡立洞窟」



 グゥ〜……



 本格的に腹が減った。


 炎の狼との戦闘後、鎧を着た牛男も適当に屠ったりしてみたが、黒い角をドロップしただけで食い物になるようなものはない。


 ドロップ品を出さず、黒い霧になって消えない“魔獣”を探してはみたりもしているのだが、どうやらこの階層はハズレのようだ。


 一個上がれれば深い森や大木が乱立してる階層に出る。


 そこには猪や鹿のような魔獣も普通に生息していたし、焼けばなんとかなると思ったんだが、なかなかどうして……。



「……ここどこだよ」



 絶賛、迷子中である。


 泡がまだ出てきてないから、全部見たことない景色だ。早く階層主が復活してくれれば、ちょっとは知ってる景色もあるのかもしれないが……。


 はぁ〜……めんどくせぇ。

 ……これ、光苔(ヒカリゴケ)だったか?

 コレって、食えたりするのか……? 


 ついには洞窟で光っているコケにまで手を出してしまいそうな始末。料理スキル皆無の俺には、腹を下す光景しか浮かばないが、それでもだ。


 さっきみたいな化け蟹……、もしくは小さいカニとかがいればいいが……と、水たまりがたくさんある場所も通ったがコケしかなかった。



 あぁ。地上が恋しい。

 金を払えばいつでも飯が出てくるシステム考えたヤツ、マジ神……。ベッドやふかふかの布団を考えたヤツもマジ神……。


 ここには本当に何もない。

 ただ薄暗くて、襲ってくる敵がいるだけの空間。


 食べるものすらろくにない。

 ベッドなんてあるはずがない。


 兎にも角にも……、


「ダンジョンって、マジでクソだな」


 この一言に尽きる。


 はぁあぁ〜……高級ベッドで一日中寝たい。

 美味い飯を腹いっぱい食って、わざと残してみたい。


 高級酒を安酒みたいにカッ喰らって泥酔したい。美女複数人と三日三晩、危険な遊びをしてみたい。


 あの生きるか死ぬかの一点賭け……。

 カジノでしか味わえないあの全財産を賭けた張り詰めた緊張感を楽しみたい。




 グゥ〜……



「あぁーあ!! マジ、生きるのめんどくせぇえ!!」



 俺は叫びながらダンジョンに寝転んだ。



 腹が減ればイライラするくらいには俺はガキだ。このどうしようもない……いや、めんどくさすぎてどうにかする気力が湧かない状況から脱したい。

 

 1人になればサクッと帰れると思っていたのに、いざ1人になってみても、まだ同じ階層でグルグルしてるし、なんか頑張ろうと思っても『めんどくさい』が勝ってしまう。


 つくづく自分が強さしか取り柄のない男だと実感してしまっているのだから世話はない。


 かと言って、アイツらに頭を下げるなんてごめんだ。勢いだけで出て来た事はもう認めるしかないが、俺にだってプライドはある。


 俺が頭を下げるのは金貸し……、ツケが聞く飯屋、おっぱいを触らせてくれたギルドの受付嬢、あとは最高級のベッドを作る鍛治師、そしてカジノのディーラーに、飲み物を配り歩くバニーガールズ、ストリップ小屋のアンジーに、格安で泊めてくれるボロ宿の店主、こっそり廃棄パンを恵んでくれるパン屋のオヤジ、それから……まぁ、それくらいで充分だ。


 ん? ……けっこういたな。

 うん。けっこういた……。


 プライドがうんぬん言えた感じのメンツではないが……。



「ふぅ〜……もういっそのこと、ここで一眠りするかぁ!」



 立ち上がる事さえめんどくさくなった俺は寝転んでるついでに目を閉じる。寝れば大抵のことはなんとかなるという持論。後のことは起きてから考えればいい……、




 ピクッ……



 フワリと香った食べ物の匂い。

 香ばしい塩の香りは調理済みの食事を予感させる。


 俺が最強たる所以は、本来鍛えることのできない五感を大悪魔(クソジジイ)監修の元、極限まで高めていることに起因している。


 人間の脳の使用率を無理矢理に解放するだとかなんとか……、思い出しただけで気が遠くなりそうな地獄だ。


 目や耳を塞ぎ、嗅覚、味覚、触覚だけで過ごした3年。聴覚の強化に2年、視覚の強化に1年。毎日、毎日、それで戦闘訓練を行っていた。


 気がつけば、あらゆる五感が人とは異なる身体。第六感とも呼べる気配や殺気を感じる肌感覚まで……。


 その俺が言うのだから間違いない。



「……飯がある!」



 バチッと目を開けて飛び上がる。

 一目散に駆け出せば……、



「い、いやっ……、まだ死にたくない……!」



 女の控えめな「生」への執着が鼓膜を揺らす。

 溢れ出る唾液をゴクリと飲み込み、ダガーを抜きながら魔物の姿を確認する。



「《身体凪(ボディ・カーム)》……」



 ポワァア……



 所々、岩の鱗をしている毒蛇のヨダレは地面を溶かしているが、俺が用があるのは姿の見えない女が持っている魚介系の食べ物だ。


 気配は知ってるヤツな気がするが、なにかの間違いだろう。俺は腹が減ってそれどころじゃない!!



『シャアァアッ!!』


 

 俺は凪(な)いでいる。

 俺の存在は岩鱗の毒蛇には感知されていない。



(少し太いが……)


 なかなかの首の太さにダガーでは両断できないと判断しつつ、


「《凪付与(カーム・アディション)》……」



 ズズッ……



 ダガーに《凪》を付与し、斬り口の自動修復を無効化させる。



 グザンッ!!



 岩の鱗の境目に刃を食い込ませ、ダガーを振り抜けば、




 プシュッウッ!!!!



 蛇は盛大に血を流しながら黒い霧となって消滅する……が、そんなことはどうでもいい。



 クルッ!!



 俺は勢いよく振り返り、女が手に持っているであろう魚介系の食い物を確かめようとしたのだが……、



「……ルーカス……君……?」



 そこにいたのは所々服が溶かされている“ボクっ娘”。


 短い銀髪にアクアブルーの瞳。

 中世的でかなり整っている顔。

 下級冒険者風の色気のない地味な装備の残骸。


 2時間くらい前に別れたばかりのボクっ娘?


 ……ん? ボクっ娘……? 

 んん? ボクっ娘……だよな……?


 俺の記憶では、このボクっ娘は貧乳だったと記憶しているが、目の前にいる半裸の女はおっぱいがデカい。


 白く綺麗なおっぱいにピンクの頂き……?


 けしからん衣服の隙間からは包帯がヒラヒラと踊ってて……、女らしい身体は傷一つなくて綺麗だ。


 ボクっ娘はしばらく呆然としていたが、すぐに自分の現状を理解したのか、一瞬で顔を真っ赤にしてから俺に背を向け、身体を隠した。



「あ、ありがとう! た、たた、助けてくれて!! よかったよ。ルーカス君が来てくれて! あ、あのままじゃボク、ロックスネイクに食べられちゃうとこだったしさ……」


「……えっ、ああ」


「ほ、本当によかった! ルーカス君と合流できて! ボク、これからずっと1人なのかなって泣いちゃいそうだったからさ!」


「そうか……」


「み、見たよね? ごめんね? 見苦しいものを見せちゃって……」


「いや、それはありがとうだけど……」


「えっ、あっ……、ははっ、い、いいえ……」



 力無く笑うボクっ娘に言葉が見つからず、あたりはシィーンッと静寂に包まれる。


 正直なところ、ボクっ娘の裸は全然見苦しい物ではなかったし、むしろご褒美でしかなかったのだが、俺は軽く混乱している。



 なんでおっぱいがデカいんだ……?

 …………って、違う、違う。

 

「あれ? ……なにしてんの?」


 そう、これだ。

 このボクっ娘はここでなにしてるんだ?


 おっぱいがデカい事もなかなか気になるが、「まずはこれだ」と随分と華奢な背中を見つめる。短い銀髪のうなじも悪くないが、なかなかの計算外だ。



 ――ボクは巫女様に恩返しするんだ!



 そう言って、ない胸を張っていたボクっ娘があのパーティーを離れるとは考えられないのだが……、



「……ボクの仲間はルーカス君だけでした!」


 

 震えている声に気づかない俺ではない。


 だが、泣いていることを察することができても、このボクっ娘の思考を察せるような器用な男でもない。


 “仲間”……?


 よくそんな恥ずかしい事を泣きながら言えるなと感心すると同時に……、


(……なについて来てんの、このボクっ娘)


 正直なところ、この疑問が脳内の大部分を占めていた。



 

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